介護施設で仕事をするようになって、胃ろうをしている人を間近で見ています。

胃ろうという処置は人によってとらえ方が違いますが、想像以上に大変なのだということを知りました。

そして、これは別の女性の話です。

この女性は認知症が重度で、コミュニケーションは取れません。

ほぼ寝たきりですが、食事時だけは車椅子に乗せられて、ダイニングまで行きます。

嚥下機能が著しく低下しているので、トロミ付きの水分・ミキサー食でさえむせます。

なかなか飲み込むことが出来ないので、口の中に溜めたまま、何分もじっとしていることがよくあります。

ようやくゴックンと飲み込んでも、気管の方に入ったりして、激しくせき込んだりするのです。

三度の食事が本当につらそうです。

この女性は、まだ認知症がない元気な時に尊厳死協会に入っていて、一切の延命装置は拒否する、と宣言しています。

その為、食べられなくなったら、そのまま死を選ぶことになっています。

ご家族も、本人の意思を尊重したいということで、胃ろうはしない方針です。

毎日、いろいろな状態の方々を見て、考え、先日、医療専用のエンディングノートを購入し、それに記入をしました。

以前に書いていたものは、全般的なものだったので、もっと詳しく書いておこうと思ったのです。

医療については、私も一切の延命装置は拒否する旨を書いています。

痛みがある場合は、痛みを取り除く処置はしてもらいたいけど、命を長らえる処置はしないでほしいです。

自分で意思表示が出来る場合は、余命を教えてもらいたいし、治療法も自分で決定したいです。

意志表示出来ない場合は、蘇生措置、集中治療、胃や鼻からのチューブ栄養も点滴栄養も拒否です。

とにかく、自然に死にたい、天に与えられた寿命のままに死んでいくのを無理矢理止められたくないと、私は思います。

脳卒中や事故などで、意識が鮮明でない場合、エンディングノートに書いていない事態が発生して、何か決断をしなければならない時は、私の代わりに判断してほしいのは母親にしました。

息子や元夫や父は男性だから、いざとなると気弱になって 「延命装置をつけて下さい!」 と言いそうな気がするのです。

そして、最後のページに、死後のことについても書きました。

私は自分の葬式はしないで欲しいと思っています。

親戚・親しい友人ならともかく、自分の会社関係とか、元夫や息子の会社の人とか、表面上の付き合いだけだったり、よく知らない人も、葬式をすると来ることになります。

そういう人の中には、行くのが億劫だと思う人もいると思います。

当然の心理です。

そういう人に来てもらったりすると、たとえ死んでいても、 ”あー、悪いなぁ” と非常に気を使うことになります。

人生最後にそういう気疲れすることは避けたいです。

死ぬ瞬間に関してもそうです。

みんなに囲まれて死ぬ、となると、大変気を使います。

なので死ぬ時は一人で誰にも気を使わずに死にたいと思っています。

実際に、夜中にものすごく調子が悪かったことがあって、このまま死ぬのかな? と思ったら、こうして一人で逝けるのはいいなぁ、と心静かに思いました。

多分、入院とかしてても、みんなが席をはずして一人になった時に、サッサと死ぬような気がします。

なので自宅で孤独死をしていても、それは私にとっては悲しいことではない、ということも書いておきました。

お葬式はしなくてもいいのですが、お経は必要です。

実家の宗派は浄土真宗なのですが、真言宗や天台宗でもいいなぁ、と考えています。

もうちょっと勉強をして、自分に合う、自分が心地よいと感じるお経が実家と違う宗派だったら、そっちにしてもらうよう書いておこうと思います。

書いておくにあたって、はずせないのが年忌のことです。

元夫はクリスチャンで年忌は知らないし、息子も仏教に興味がないので知りません。

お墓は共同墓地でも、永代供養でも、何でもいいのです。 (私の場合)

お墓参りもいりません。 (しつこいですが、あくまでも私の場合です)

でも、年忌はしてもらいたいです。

成仏した人でも、年忌を忘れられると悲しむというのは、やはり何かがあちらの世界にはあるのだと思います。

年忌を忘れられて、悲しそうに姿を現す人をたくさん見てきましたので、これだけはしてもらいたいと思っています。

年忌といっても、大がかりなものではなく、位牌をお寺に持って行って、そこでお経をあげてもらうだけでOKなのです。

誰が来てくれた、誰が来てくれなかった、など参加者はまったく関係ないです。

重要なのは読経です。

年忌も50回忌までは・・・と言われてますが、私は25回忌までで十分だと思っています。

が、死んでみて、 ”しまった、そんなに甘くなかった” となるのも困るので、保険をかけておく意味で、33回忌まで、出来るのであればしてほしい、と書いています。

こうしていろんなことについて書いておくと、息子も困らなくてすむと思うし、死後の自分も安心して過ごせそうです。

父や母が先にいなくなるとか、自分の宗教感が変化するとか、この先も状況は変わっていくと思うので、エンディングノートは定期的に書き変えなければ、と思っています。




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