Fさんという、80代の男性がいます。

胃ろうをされていて、寝返りも出来ないほぼ寝たきり状態で、認知症も重度です。

スタッフが話しかけても言葉が理解出来ないのか、返事をすることはなく、たまにうなずくことがあるものの、表情はありません。

いつもポカーンとした顔で、黙ってスタッフの顔を見ているだけです。

この方は、着替えやオムツ交換の時によく怒ります。

「わー!」 と大声を出して怒り、時には介助しているスタッフの手をバチバチ叩いたりします。

認知症が重度なので、先輩たちは幼児が怒っているような優しい気持ちになるのか 「怒ってる、怒ってる~」 と言って、叩かれても微笑んでいます。

さて、そのような状態のFさんですが、夜中にパッチリ目が覚めていることがよくあります。

ある日、深夜の2時くらいに行くとしっかり起きていました。

その前の巡回でも起きていたので、かなり長い時間、明かりを消された薄暗い中で、一人ぼっちで起きていたことになります。

その状況がとても悲しくて、少しでも気分転換になればいいなと思い、一方的に話かけてみました。

よく訪ねてくるFさんの娘さんについて、いつも笑顔で感じがいいですねとか、優しいですねとか言ってみましたが、Fさんは何の反応もなく、じーっと私を見ていました。

それでもかまわずに 「Fさん、なかなか眠れないんですか?」 と聞いてみました。

質問してもわからないだろうなぁ、と思い、またこちらから一方的に話そうとしたら、Fさんは私の顔をじーっとしばらく見たのち 「うん」 と頷きました。

そして驚くことに、 「眠れへんのや」 と言いました。

えーっ! こ、答えた! Σ(゚д゚;)

 

会話が出来るの? と思った私は続けて話しかけてみました。

「こんな時間に起きていたら、昼間に眠くなりますよ~」

すると、またしても 「昼間も寝えへん」 と答えるのです。

「それだと睡眠時間が足りなくなりませんか?」

「少なくても大丈夫なんや」

「へー、そういう方もいるのですね。それって若い時からですか?」

「うん」

「すごいですね、睡眠時間が3時間でいいナポレオンみたいですね~」

そう言うとFさんは 「はは」 と軽く笑い、

 

わ、わ、笑ったー! Σ(゚д゚;)  とビックリしてると、

 

続けて 「そんなこともないけどな」 と言いました。

もう心底、驚きました。

ちゃんとした返答が返ってきたこと自体奇跡的なことですが、そのうえ笑うし、ジョークっぽいことも言ったのです。

何? 何が起こったの? とビビリました。

その後も 「夜中に何を考えてはるんですか?」 と聞くと電灯を指さして 「あの大きな電気あるやろ?あれがな・・・」 と後半は聞き取れませんでしたが、 (歯がないので聞き取りにくいのです) 何か説明してくれました。

続けてカーテンの隙間を指さし 「それとな、そこから見える・・・」 とこちらも聞き取りづらいので後半はよくわかりませんでしたが 「そうなんですね~」 と答えておきました。

「こんな静かな夜中に、深く物事を考えてたら哲学者になれるんじゃないですか?」 と言うと、またしても 「はは。そんなこともないけどな」 と笑っていました。

これは違う日の夜中ですが、壁に掛かっているたくさんの色紙や絵を見ると、Fさんの名前が書いてあります。

「Fさん、絵を描くのが趣味なんですね。こんなに上手ということはどこかで習われたんですか?」

「いいや、習ろてへん」

「うっそー! (←ちょっと失礼な私) 習っていなくてここまで描けるんですか? 信じられないです」

「どれや?」

「この掛け軸の絵です」 (お世辞抜きで画家が描いたような立派な絵です)

「ああ、それか」

「すごいですね。本職の画家が描いたみたいです」

「ま、こんなもんや。ははは」

これはもう、絶対に認知症のある人の会話ではありません。

その後、Fさんに認知症はないのではないか? と疑っている私は、他のスタッフみたいに幼児扱いはせず、普通に接しています。

 

これはまた違う日ですが、Fさんの体が足の方にかなりずれていました。

Fさんは自分で寝返りも出来ないので、体の位置はスタッフが変えます。

「Fさん、体が下にずれているので、上にちょっと上げますよ。痛いかもしれませんが、少し我慢して下さいね」 と言うと 「うん」 と言います。

手をFさんの体の下に差し入れようとした時に、Fさんはすでに痛そうなしかめっ面をしていました。

「Fさん? 痛そうな顔をしてますけど、私まだ触っていませんよ?」 と大笑いすると 「そうか?」 と言って、Fさんも照れ笑いをしていました。

これはどう考えても、重度の認知症じゃないよなぁ、と確信しました。

どうして普段はボーっとした何もわからない感じで会話が出来ないのか・・・霊がついていそうな気配もないし、世間で言うまだらボケにしては差が激しいし、何なのだろう? と不思議です。

さりげなく他のスタッフに 「Fさん、認知症ですよね?」 と聞くと、 「は? それマジで聞いてるの?」 みたいな感じで目を真ん丸にして驚かれました。

別の人にも 「Fさん、たまにまともな会話しますよね?」 と聞くと、 「う~ん・・・たまーーーーーに、話が通じることはあるけどねぇ・・・会話はできないかな」 と言われました。

どうやら他の人と会話はしていないみたいです。

というか、他のスタッフは忙しすぎてFさんと話をしないのかもしれません。 (聞き取りに時間がかかるので)

とにかく不思議です。

Fさんがクリアーな状態なのがいつも夜、というのも何か理由がありそうだし、今後、ちょっとずつ探っていきたいと思っています。

そして何かわかれば、また記事にしたいと思います。