私が小学校1年生の時の話です。

ある日の夜中、私は突然、パッチリと目を覚ましました。

子供ですから、それまで夜中に起きたことなど、一回もありません。

それが、その時はまるで朝に目覚めたかのような、クリアな寝起きでした。

時間は夜中の3時か4時あたりだったと思います。

親も寝静まっていたからです。

幼稚園児だった弟は二段ベッドの上に寝ていました。

私は何故か、その時 ”外に行こう!” と思いました。

そして、何かお花を持って行かなきゃ、と考えました。

子供部屋は豆球をつけていましたので、真っ暗ではありませんでした。

その薄明かりの中、部屋を見回すと、花柄のハンカチがありました。

”絵がお花だから、これでいいや” とハンカチをつかんで、窓から外に出ました。

外に出ると、町はシーンと静まり返っていました。

車も一台も走っていません。

十五夜だったのか、月明かりで周囲がよく見えました。

当時、住んでいた家は、川のそばにありました。

川は両側をコンクリートで固めてあったので、河原というものがない川です。

コンクリートは1メートルほどの高さで、その上は土手になっていました。

私は裸足のまま、その土手まで行きました。

土手の上で、川に向かってしゃがみこみ、まず、花柄のハンカチをそこに置きました。

風で飛んだりしないように重石も置きました。

それから、 ”自分が夜にここに来た証拠に、石を積んでおこう!” と思いました。

なぜ、そんなことを考えたのかわかりません。

土手の上は舗装されていない道だったので、小石がたくさんありました。

それから10分くらい、私は必死で石を積み上げました。

時は丑三つ時、そんな時間にいるはずがない子供が、黙って石を積んでいる姿は、怖いものがあったと思います。

何とか石が積み上がると、私はホッとして家に戻り、窓から部屋に入りました。

そしてそのままベッドに入り、ストンと眠りに落ちて、朝までぐっすり寝ました。

翌日、私は夜中の冒険の痕跡を確認しに行きました。

そこには前夜、自分が置いたハンカチがあり、石も積まれたままになっていました。

私はそれを見ると、なぜか ”もういいや” という気持ちになり、石積みを蹴ってバラバラにして帰りました。

このことは別に特別なこととは思わなかったので、長い間、誰にも言いませんでした。

大人になって母と弟と雑談をしていた時に、ふと思い出して話してみました。

そういえば子供の頃、こんなことがあってね、と言うと、弟がムンクの叫びのような顔で 「えー! それ三途の川やん!」 と言います。

「三途の川がどうしたん?」 と聞くと 「知らんの? 三途の川って石を積むやろ?」 と言われました。

えー!  Σ(゚д゚;)

今度は私がムンクの叫びになりました。

じゃあ、私はあの夜、誰かに取り憑かれてたってこと? と思いましたが、母が穏やかに言いました。

「何かの理由で石を積めない人の代わりに積んであげたんやろね」

あ、それだ、と直感で思いました。

花を持って行かないといけない、と強く思ったこともそれなら納得がいきます。

何かしらの供養をしたのだと思いました。

「いいことをしたね」 と母に言われて、あの夜、まったく怖くなかったことを思い出しました。

普段はオバケが怖くて、暗闇が怖くて、それで豆球をつけて寝ていたのです。

不思議です。

三途の川は本当にありそうだと思いました。

母が、自分が死んだ時、着物の胸の合わせ目に、千円札でいいから畳んで入れてね、としつこく言っています。

三途の川の渡し賃なのだそうです。

正式な金額は六文(ろくもん)なのだけれど、現在のお金でもいいそうです。

祖母が亡くなった時に、祖父に教えられたと言っていました。

お金を持っていないと舟に乗せてもらえないから、絶対に忘れないでよ、としつこいです。 

言われるたびに、三途の川はスーッと渡れそうだけどなー、と思いますが、私も行ったことがないので、不確かなことは言えません。

ちゃんと千円札を持たせてあげようと思っています。