私が勤務する事務所はデイサービスを併設しています。

ですので、たまにデイの認知症の利用者さんが、事務所のドアを開けて入ってきたりします。

そういう時は誰かがデイのほうまで連れて行きます。

Xさんは80才くらいの男性です。

この方は事務所に入ってくる常連さんですが、ある日私がデイのほうに連れて行く時に、ブツブツと何か言っていました。

「ワシが行かないと、どうにもならん」 と言っています。

どこに行くのかを聞くと、熊本、と言います。

熊本で大きな商談があって、部下が何か失敗をしたらしく、自分が行って尻ぬぐいをしなければならないと言うのです。

明日の昼までに着かないと会社が大変なことになる、と言います。

この理由でXさんは時々徘徊をしていたのでした。

これは実際に過去にあったことなのでしょう。

その時の印象が強いので、認知症になってもまだ、本人は何とかしなければ! と思っているようでした。

責任感が強い人なのだと思います。

もう忘れてゆっくりしてもいいのに、本人は今も真面目に働いているのです。

デイのほうは職員がギリギリなので、欠勤の人がいたら朝のお迎え時に人手が足りません。

そういう時は事務所にいる人が急きょ、手伝いに行きます。

私もよく手伝いに入ります。

Zさんは70才くらいの女性ですが、朝のお茶を飲んでいて突然、私に 「トシ子、おるやろ? トシ子よ、アンタも知ってるやろ?」 と言います。

「トシ子さんがどうされたんですか?」 と聞くと、 「トシ子がな、うっとこお父さんに杖を買うてくれたんや」 と言うのです。

その後、黙っています。

いくら認知症と言っても、そういうことがあったという、事実だけを伝えたいわけではないだろうなと思ったので、突っ込んで聞いてみました。

「トシ子さん、いい人ですもんね」 

「そうや、あの子ええ子やねん」

「それで? どうされたんですか?」

「どない思う? 何もせんでええやろか?」

Zさんはお礼のことで悩んでいたのでした。

トシ子さんは妹か姪か嫁か、わかりませんが、お礼をしていないのが心に引っかかっているのですね。

大袈裟になるからお礼はしなくてもいいんじゃないかと提案したところ、納得いかない様子で、まだ心配しています。

そこで、お歳暮の時にちょっといいものを贈っては? と言うと 「それでええやろか?」 とまだ悩んでいましたが、

 

「そのほうがトシ子さんも気を使わなくてすみますよ」 と言うと 「そうしよか!」 と言ってホッとしていました。

礼儀正しい人で、そういうことをちゃんとしてきた人なんだな、と思いました。

Qさんは80才くらいの女性で、いつもお手製の手提げ袋を持っています。

袋はボロボロになっていて、中には何も入っていないのですが、持っていないと不安のようです。

ある日、朝のお茶を飲んだ後、湯呑みを自分の手提げに入れていました。

デイのスタッフが遠くから 「Qさん、また持って帰りよるやろ~。それ持って帰ったらアカンで~」 と大きな声で言ったので私も気づきました。

デイのスタッフが、湯呑みを返してもらって、とジェスチャーで示します。

Qさんは注意されたせいか、機嫌が悪そうでしたが、話しかけてみました。

「お茶のお代わりはいいですか?」

「もうええよ!」

怒っていたので、違う話をしばらくして、機嫌をよくしてもらいました。

そこで、袋の話をしてみました。

「素敵な袋ですね、色がいいですね~、自分で作られたんですか?」

「アンタもそう思う? うちな、この色が一番好きやねん」

「中はどんな作りにしてるんですか? 見せてもらっていいですか?」

「ええで」

そこには湯呑みがあるわけで、どうして入れているのかを聞いたところ、汚れているものをこのままにして帰るわけにはいかない、自分が持って帰って洗う、と言うのです。

ああ、この人も几帳面なちゃんとした人なんだ、と思いました。

「これは私が洗いますから、Qさんはいいですよ」 と言うと

 

「えっ! ∑( ̄[] ̄;) 」 と目を真ん丸にして、心の底から驚きます。

「アンタが洗ろてくれんの? そんなん悪いわ~、うちが洗うわ」

「Qさんはお客さんですから、洗わなくていいんですよ」

「そんなん言うても・・・悪いわ・・・」

「私、ここで働いているから、洗うのは仕事なんです」

「えっ! ∑( ̄[] ̄;)  アンタ、ここで働いてんの!」

可愛いなぁ、癒されるなぁ、と思います。

自宅で認知症の方を介護するのは大変だと思います。

私の利用者さんにも何人か認知症の方がおられます。

夜中に徘徊するので、徘徊感知器をレンタルしていますが、介護をする家族は安眠出来ないみたいです。

離れを建てて、夜だけ別にされているお宅もあります。

デイに行っている間だけが、つかの間の休息が取れている状態なのです。

認知症の方はこういった施設では、可愛い存在として認識されています。

前述のXさんが事務所に入ってきてキョロキョロしていると、みんな一斉に 「また迷い込んで来られてるわ~」 と温かい気持ちになります。

ですので、認知症の自宅介護をされている方は、利用出来るデイやショートなど最大限に利用して、介護負担を軽減されるとよいと思います。

利用者さんは施設では大切にされていますので、心配はいらないです、大丈夫です。

最後に、もう一つエピソードを。

認知症の方ばかりのテーブルで、普段はしゃべらないRさんが、ポツリと言ったことがあります。

「犬がイチゴを食べてるね~」 

へ? 何の話? と、壁を見るとカレンダーがかかっていました。

イチゴが手前にいくつか置いてあり、後方にトイプードルの子犬が3匹いる、オシャレな感じの写真です。

そのうちの1匹が下を向いているので、Rさんにはイチゴを食べているように見えたのでした。

「本当ですね~」 と言いつつも、 ”犬がイチゴを食べる” という発想が面白くて、本気で笑ってしまいました。

Rさんもつられてクスクス笑います。

そばにいたQさんが理解していなかったので、 「この写真、犬がイチゴを食べてるんですよ~」 と教えると 「犬が? イチゴを食べてんの?」 とQさんもクスクス笑います。

「しかもこれ、高いイチゴですよ」 と私が言うと、Qさんが 「あ! これ、外国の犬やで! 外国の犬は高いイチゴを食べるんちゃうかなぁ?」 とまた面白いことを言ったので笑いました。

認知症の方は本当に可愛くて、癒される存在だと思います。