Oさんは、私が担当する利用者さんの夫です。

奥さんは60代後半で、車椅子の生活をされています。

Oさんと奥さんは2人暮らしをしていて、Oさんの奥さんは、去年、私の担当になりました。

私が点検に行って、外でリフトのクリーニングをしていたら、 「識子さ~ん、悪いけどちょっとそれ、何か見てくれへん~?」 とOさんが言いました。

見ると、家の中から網戸を指さしています。

「それ、クモ? クモか?」 とOさんは大層ビビった様子でした。

テントウムシだと伝えると、 「申し訳ないけど逃がしてもらえへんかな?」 と言います。

「虫が嫌いなんですか?」 と聞くと、奥さんが 「この人、こんないかつい顔して、虫が怖いねん」 とケラケラ笑っています。

Oさんはどんな小さな虫も怖くて、特にクモがダメなのだそうです。

クモを見つけてしまったら、そのクモが夜中に天井を這い、自分の顔に落ちてくるのではないか、と想像をし、怖くて眠れないと言います。

「クモは天井を這わないと思いますよ~」 と笑って言うと、 「そうか? でも這うやつがおるかもしれへんやろ~」 と本人も笑っています。

いつだったか、階段にそこそこの大きさのクモがいたそうです。

ヘルパーさんはその日は来ないので、何とか自分で退治をしないといけないと思ったOさんは考えました。

そして画期的な方法を編み出しました。

水ティッシュ爆弾です。

まずトイレに行って、トイレットペーパーをぐるぐる巻いて玉を作り、それを洗面所でビタビタに濡らし、完成した水ティッシュ玉をクモめがけて、バシッと力一杯投げつけるのだそうです。

「1回目も2回目もはずしてなぁ、ワシ焦ったわ~」 と言うOさんに、奥さんが笑いながら言いました。

「トイレに準備しに行ってる間に逃げるっちゅーねん、この人歩くん遅いのに~」

Oさんは杖をつけば自分で移動出来ますが、早くは歩けません。

手も少し不自由で、要支援の認定がおりています。

「でもな、3回目で仕留めたんや! どうや、すごいやろ」

へー、水ティッシュ爆弾ごときでクモは死ぬのか~、と思いました。

「トイレットペーパーならそのままトイレに流せますもんね」 と言うと、後始末はヘルパーさんにお願いした、と言います。

「死んでても怖ぁてよう触らへんねん」 と照れたように笑います。

思わず私も、うぷぷ、と笑ってしまいました。

私が点検をしている間に、Oさんは杖をついて台所へ行き、不自由な手でコーヒーを淹れてくれます。

会社の方針で利用者さん宅で出されたものは断るべし、となっていますが、さすがにこの厚意を無にすることは出来ません。

奥さんの車椅子の点検とクリーニングを丁寧にしながら、その間にいただいています。

その時に、いろんなことをお話するのですが、Oさんの若い時の話が面白いのです。

高校生のOさんは不良でした。

友達と夏祭りに行く約束をしていて、うっかり時間に遅れそうになりました。

男が約束をした以上、遅れるわけにはいきません。

時間に間に合わせるには、墓地の中を突っ切って行くしかない、となりました。

「ワシな、実は幽霊もアカンねん」

ドキドキしながら墓地の中を歩いていると、何かがガサガサと音をたてました。

Oさんは怖くなり一目散に逃げました。

早く墓地を抜けたい一心で気持ちがせいて、足元なんか見ていなかった為、石につまづいてしまいました。

アッと思った時、目の前にちょうど墓石があり、顔面からガツンとぶち当たったそうです。

「ワシ、人より歯ぁ出てるやろ?」 とOさんはわざわざ横を向いて、歯の出っ張り具合を私に見せてくれます。

「かなり出てますねぇ~」 と正直に言うと、 「せやろ~、だからな、この歯ぁが先にぶつかってな、こう、ガツーンとな、それで歯が欠けてもうたんや~」 と、言います。

奥さんがここで大爆笑します。

何回聞いても、ここの部分がおかしいのだそうです。

カッコつけた不良が幽霊にビビッて走り、けつまずき、出っ歯だった為に歯から墓石にぶつかった、と思うと私も笑いを堪えられずにゲラゲラ笑ってしまいました。

Oさん夫婦は仲が良く、訪問していてとても気持ちのよいお宅です。

先日、定期訪問をする時に、私は注文されていた靴を持っていくのを忘れてしまいました。

「いつでもええで、靴は他にもあるし。こっち方面は今日はもうけえへんやろ? 無理せんでええ」 とOさんは言ってくれました。

が、これは私のミスで、そのせいで利用者さんに迷惑がかかることは、あってはならないことだから、何とか時間を調整して午後から持って来ます、と約束をしました。

「そうか、悪いな、ありがとう」 とOさんは言ってくれました。

事務所に戻って午後からの準備をしていると、上司が 「あれ? 午後からもOさん宅に行くん?」 と聞いてきました。

靴を忘れたことを言うと、上司は何故か真っ青になり、 「今すぐに持って行って!」 と言います。

今日じゃなくていいとまで言ってくれてるんだから、夕方でも大丈夫ですって、と言うと上司が 「実は・・・」 と話してくれました。

上司は別の仕事がある為、担当をすべて部下に振り分けたのですが、このOさんだけは最後まで担当を誰にするか悩んでいました。

「難しい人やねん」 という話だったのですが、最終的に私に振ってきたのでした。

実はOさんは、昔、ヤのつく怖い人だった、と上司は言いました。

だから怒らせたらヤバい、と言うのです。

「こんなことくらいでOさんは怒りませんよ」 と言うと、この上司が担当する前、前任者と揉めたと言います。

上司の前の担当者はちょっとした失敗から、Oさんを怒らせてしまい、大変だったのだそうです。

最後は、支社長と所長と担当者が、3人揃って土下座をして何とか許してもらったということでした。

「そういう人やねん」 と上司が嫌な口調で言った時に、その見方は良くないのではないかと思いました。

揉めたというけれど、それはこちらに非があり、その後の対処の仕方が悪かったのだから、Oさんに罪はありません。

詳細を聞くと、それはOさんでなくても誰でも怒るだろう、というものでした。

それを、 「あの人の過去は怖い人だったから」 と過去のせいにされてはたまりません。

どうして今現在のOさんという人物を見てあげないのか、と思いました。

今のOさんは、杖をつかないと歩けないし、手も不自由で、でもとても優しくて思いやりもあり、面白く楽しい人です。

何故、ここに ”過去のOさん” を足す必要があるのでしょう。

過去が怖い人だったから、という色眼鏡で見ると、こちらが微妙な感情を持ってしまい、相手もそれを感じると思います。

私がOさんに出会ったのは半年とちょっと前です。

半年前からの人格のOさんと知り合ったわけで、もっと過去のOさんは私には何の関係もありません。

過去のことを、年がいっても、本人が改心していても、いつまでも特別視するのは、差別になるのではないかと思いました。

例えば、話は違うかもしれませんが、罪を犯した人がいて、心から懺悔し改心していても、あの人は過去に罪を犯したからダメな人間だ、となるのでしょうか。

結局、私は時間の調整がつかず、夕方かなり遅くなって靴を持って行きましたが、Oさんは私のミスであるにもかかわらず 「わざわざ遠回りしてくれたんやろ、ごめんな、ありがとう」 と言ってくれました。

これ車の中で飲み、とコーヒーまでくれました。

Oさんはあちこちで一生、元怖い人だと言われ、敬遠されるのだろうと思うと、何ともいえない気持ちになりました。

とりあえず私だけは、人を過去のことで差別はするまい、と心に決めた出来事でした。




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