在宅介護で家族に精神的負担がかかり過ぎている問題は、かなり深刻だと思います。
現場にいるとひしひしとそれを感じます。
先日、Rさんの担当者会議でご自宅に行った時のことです。
Rさんは車椅子生活をしていて、体もあまり動かせないし、言葉も出にくい男性です。
奥さんがRさんのことで、ケアマネに次から次へと愚痴をこぼします。
「私はこんなに頑張っているのに、夫は感謝すらしないのよ!」
困ったケアマネは 「Rさんも心では感謝してますよね?」 と笑いながらRさんに言うと、Rさんは下を向いています。
「この人に感謝する気持ちなんかありませんよ!」 と奥さんは吐き捨てるように言います。
お風呂に入れてあげても、ありがとうの 「あ」 の字も言わない、腹が立つので 「こんな時はなんて言うの?」 と聞いても黙ったままだと言うのです。
「幼稚園の孫でも、人に何かしてもらったらありがとうって言うんですよ! この人は幼稚園児以下なんです!」 と興奮して声を張り上げていました。
私がこんなに頑張っているのにお礼も言ってもらえないのでは、やる気も失せる、たった一言でいいのに、意地になって言わないからますます腹が立つ、と言います。
でも、デイで車椅子の調整をした時に、Rさんは 「ありがとう」 と何回も言っていました。
奥さんにあまりにも強制されるので、家では言いたくないのだと思います。
奥さんがここまでイライラカリカリするということは、ストレスが深刻だということです。
ケアマネもそう感じたみたいで、ショートの利用 (宿泊OKで何日か連続で預けられる施設) を勧めていました。
こちらは別のお宅の話ですが、そこも夫婦2人暮らしで、脳梗塞で体が不自由になった夫を、奥さんが介護しています。
車椅子を交換したいとのことで、軽いタイプを持って行きました。
家の前の道路で試乗をしていたら、夫が 「これでいい! もう降りる」 と言いだしました。
夫は少し認知症が入っています。
奥さんが 「曲がり角でどうなるか押してみたいから、あそこまで行きましょう」 と言いますが、夫は降りると言って聞きません。
仕方なく引き返しました。
玄関に着くと、トイレトイレ、と言うので、奥さんが 「えー、また? さっきも行ったでしょ」 と言いながら、夫をトイレに連れて行きました。
トイレから戻ると、夫は無邪気に 「もう一回乗ってみようか」 と言います。
奥さんがイライラして、 「もういいから! これにするわ」 と言うと、夫が 「これにするって、乗るのはワシやないか!」 と言いました。
その瞬間、奥さんは一瞬、怒りの形相になり、ピシャッと夫の頭を叩きました。
とっさに叩いてしまった、という感じでした。
私がいたので奥さんは慌てて、 「もう困った人ね~、ホント子供みたいなんだから~、ホホホ」 と冗談ではたいてみました、ということにしていました。
ここの奥さんは本来は温厚で優しい人なのです。
これは相当、ストレスが溜まっているな、と思いました。
ケアマネに連絡をすると、ショートを勧めにすぐに行く、と言っていました。
介護疲れは放っておくと、どんどん蓄積されていき、本人に自覚がないまま精神状態を変えていきます。
怖ろしいことだと思います。
私が入社したての時、38歳のSさんというケアマネがいました。
Sさんは仕事の仕方に関して、他のケアマネからの評判がよくありませんでした。
面倒を見すぎる、というのです。
Sさんはケアマネになって日が浅かったため、持っている担当がまだ少なく、1人1人のケアを丁寧にしていたのです。
あまり丁寧にすると、担当が変わった時に次のケアマネはよくしてくれない、と利用者さんからクレームがついたりするので、普通にしてくれないと困る、と言われていました。
Sさんの担当にUさんという人がいました。
ガンを患って、手術をし、その後体力が落ちて、あまり動けません。
まだ70前の女性です。
Uさんは夫婦2人暮らしです。
Uさんの夫が、Sさんを頼りきっていて、時々事務所にまで来て相談をしていました。
利用者さんが自分から事務所に来ることは、まずありません。
そういう状況を作ったのはSさんで、熱血もいいけど、たかがケアマネなのにやりすぎや、何を勘違いしてるねん、とケアマネ主任は文句を言っていました。
そのUさんのお宅にSケアマネと一緒に行くことになりました。
ベッドの位置を変え、福祉用具の選定をしてほしいとのことでした。
お宅に伺うと、ご本人がベッドでお休み中だったので、夫とSケアマネと私は隣りの部屋で、福祉用具の選定を先にすることにしました。
私が各機種の説明をし、どれを買うかとりあえず決定したところで、夫が悩みを話し始めました。
夫婦2人だけの生活なので不安で仕方がない、これからどうなるのか、妻は生きる気力がないようで、ずっと一緒にいる自分も気が滅入る、最近は夜も眠れないと言います。
2日前、夫は妻をトイレに連れて行ったそうです。 (ポータブルトイレがベッド脇に用意してありますが、妻は嫌がって使いません)
妻はトイレを出たところで、急に脱力して動けなくなり、その場で寝転んでしまったのだそうです。
夫1人だけではベッドまで運べないし、こんなことで救急車を呼ぶわけにはいかないし、夫は途方に暮れました。
夜の11時という非常識な時間でしたが、隣家に行って事情を話し、その家の旦那さんに抱えるのを手伝ってもらったということでした。
「ワシ、情けのうてな」
夫は涙ぐんでいます。
「誰も頼れる人がおらへんから、夜中に隣りに頭を下げに行って・・・ワシがアカンようになったら妻はどないなんのやろ・・・ワシ、もうしんどうてなぁ」
と、夫は涙をボロボロ流して泣いています。
定年前は会社で役職について部下をたくさん使っていたのかもしれません。
パリッとして働いていたのでしょう。
だからこそ余計、今の自分の状態が情けなく思えるのだと思います。
さらに、妻はデイにも行っていないので、1人で1日中介護をしていますから、負担が重くのしかかっているのです。
70代の男性が30代の女性に弱音を吐き、こらえきれずに泣いているのでした。
介護負担が大きいと、このように心が健康ではなくなります。
思い余って・・・心中・・・なんてことにはならないよね? と聞いていて心配になりました。
Sケアマネが言いました。
「だから言ってるやん、そういう時は私に電話して、って」
「そんなん、悪いやんか・・・」
「大丈夫やって。私、独身やし。家も遠くないからすぐ来れるわー。すぐ来るけど、パジャマでもそこは勘弁してな~」 とSケアマネは笑います。
「ホンマに? ええの?」 夫がオドオドした顔でSケアマネを見つめています。
「何のためのケアマネやねん。つらい時は頼ってええんやって~」
「ありがとう、Sさん。ありがとう!」
うわーん! (TωT)
私はケアマネの横で黙って聞いていましたが、感動して涙をドバーっと流してしまいました。
このUさんの夫みたいに、もう本当にギリギリの人もいるのです。
もしもSケアマネが ”連絡は5時までにして下さい。忙しい時は来れません” と事務的だったら、どうでしょう?
夫は何を心のささえにして生きたらいいのでしょう?
同僚や上司の評判が悪かろうが、小言を言われようが、その人に自分が出来る最善のケアをしてあげる、これこそが介護の真髄だと思いました。
たしかに家族がいて、そこまで出来ない人の方が多いと思います。
ですので、自分に出来る範囲でいいと、私は思っています。
引き継ぎのことを考えたり、平均的なケアに合わせて、Uさんの夫みたいにギリギリ限界の人を切り捨てるのは・・・疑問が残ります。
入社して間もない頃に、仕事の指針となる大事なことを教えてもらえて、Sケアマネには感謝しています。
その後、Sケアマネは施設に転勤になり、今はそちらで頑張っています。
そして、今では私が 「そこまでせんでええってー」 「それくらいのことでわざわざ行くん?」 と言われつつ、仕事をしています。 (^▽^;)