私は生まれた時から、神仏は普通にいるもので、人は死後も無になったりせず、幽霊もいて・・・というのが当たり前の世界でした。

何の疑問も持たずに育ちました。

というのは、母方の家系がとても信仰心の篤い家だったからです。

母方の祖母は霊能者であり、霊媒でした。

そして、祖父は審神者 (さにわ) でした。

霊媒というのは、神仏や霊に体を貸すことが出来ます。

自分の体を貸すことで、肉体を持たない神仏や死んで成仏した霊、及び、成仏していない幽霊の声を直に聞くことが出来るのです。

審神者というのは、霊媒に神仏なり霊なりが乗り移ると、質問したり話を聞いたりして、それが真実かどうか、本当の神仏かどうかを判断します。


神仏の名を語って嘘を言う、低級霊や悪霊もいるからです。


話が終わると、霊媒の体から神仏に帰ってもらったり、霊を体から離したりします。


良くない霊の場合は退治もします。

こうして夫婦で、神様や仏様に仕え、娘たちや孫たちに取り憑いた幽霊を成仏させてあげたりしていました。

幽霊の成仏に関しては、身内と親しい知人、近所の人、噂を聞いて助けてほしいと来る依頼者に行っていました。

というか、本当に慎ましく謙虚に暮らしていたので、世間にそんなに知られていなかった、というのが実情です。

ユリゲラーが流行っていた時に、子供だった私は祖母に  「ばあちゃんもすごいんだから、テレビに出ればいいのに」  と言ったことがあります。

すると祖母は、この能力で1円のお金ももらってはいけないのだと言っていました。 (これは人によって違うみたいです。祖母の場合はダメだったようです)

お金をもらうと神様に能力を取り上げられてしまう、と言っていたので、へー、そんなもんなのかー、と思いました。

私が物心ついた時は、二人ともすでに年寄りでしたが、若い時はかなり厳しい修行をしたらしいです。

さて、ここで神様を降ろすことについて、ちょっと書きたいと思います。

神様を自分の体に降ろすと、尊い神の言葉を直にいただくことが出来ます。

神様を降ろす為に、祖母は何日も前から (たしか半月前からだったように思います) 潔斎をして、もちろん肉は一切食べません。

霊や仏様の時は普段着でしたが、神様を降ろす時は、白装束の上に白い羽織のようなもの (前面に水色の紐が縫い込んであったような記憶があります) に着替えていました。

神様は波動が高いせいか、神様を降ろすとものすごいエネルギーを使ってしまうため、その後しばらく消耗した体力を戻すのに大変そうでした。

ですので、神様はしょっちゅう降ろしたりしません。




※長くなるので、次回に続きます~。









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