今回から少しずつ、仏教やヒンドゥー教などのインドの思想、インド哲学のまとめをして行きたいと思います。
多分に私見が入っています。ご覧の方はその点、ご注意ご容赦ください。
まず最初に「苦」について。
お釈迦様が説いたこの世の本質、基本となるのは「この世はすべて苦である」ということでした。ここが出発点です。
生きることは苦です。生老病死と言いますよね。
生まれることは苦、老いることは苦、病気になることは苦、死ぬことは苦。
私は、この世は牢獄なんじゃないかと思います。
ピタゴラスの言葉だったかな、「肉体は魂の牢獄」なんて言葉があったと思いますが。
仏教でもキリスト教でも「地獄」という存在がありますけど、我々の生きているこの世界も十分「地獄」だと思います。
じゃあ、宗教で言っている「地獄」ってもっとツラいんだろうか。
だとしたらそれって、どんだけツラい世界なんだよって思うんです。
私が思うに人間て多分、前世とかで、地球以外の星にも生まれていた霊・魂だったんだと思うんです。
もちろん地球にも転生していたと思いますが、間に何回かは違う惑星とかに生まれて魂の修行、仏教的に言うと仏性を目覚めさせる修行をする訳ですよ。
肉体を持っていたかは分からないけど、私は多分、精神体、霊体みたいな存在だと思うんですよね。
ちょっとニュー・エイジ的な話になって来たかな(笑)。
地球以外ってところは、仏教でも経典とか読むと、地球以外に仏の存在がいるから、意外ではないと思うんだけど。
それで、何が言いたいかと言うと、その世界で悪いことをして、けっこうな大悪人みたいのが、次の生で地球に生まれて来るんじゃないかと思うんです。
大悪人が最後に行き着く魂の矯正場所、それが地球。
私は、この地球だけで見た六道輪廻と、もっと広い宇宙規模で見た六道輪廻って違うんじゃないかって思うんです。
地球の「地」は「地獄」の「地」。
地獄の天体(球体)が「地球」なんじゃないかと。
占星術とかで、よく土星は試練や苦難の星なんて言うけど、私が思うに、昔はいざ知らず、現代においては、もしかしたら土星より地球の方がキツいんじゃないかなと思ってしまいます。
それだけ今の人間の霊性は落ちていると感じる。
余談ですが、畜生道は少し霊性が上がってるんじゃないかなって思いますね。
例えば、ペットを見ていて、明らかに人間より、上だと思う時がありませんか?
裕福な家に飼われて、大事に育てられて、食事にも困らず、生活環境も良く。
そんなペットと言い方は悪いですが一部の人間を比べてどうですか?
前世の報いとか、因果応報を考えるなら、絶対、ペットの方が人間より霊性が高いと感じることがありますよね。
私の考えでは、その動物は今生で仏性を目覚めさせて、人間界を超えて一気に天界以上の存在に生まれる可能性があると思います。
『法華経』にも子供の龍女が仏になる話がありますが、そんな感じです。
龍はすごい存在ですが、畜生道の生き物ですからね。
ちょっと余談が過ぎたので、話を戻しますが、苦しみって何だろうって考えた時、まず思うのが、肉体的苦痛、精神的苦痛じゃないかと思います。それはみんな納得でしょう。
仏教では「楽」、楽しいこと、喜びも苦の原因と考えます。
正確には楽しいことが終わるときの苦しみが「苦」なんですが。
例えば、美味しいものを食べる時の、食べる前と食べ終わる時みたいな。
思いがけず大金が手に入った時の喜びと、それを没収された時の悲しみとか。
表現が良くないかも知れないけど、大病が快癒した時の喜びと再発したときの絶望とか。
挙げれば切りがないけど、そういう上げて落とされる感覚。この落差が苦ということです。
まぁ、なかには、ずっと楽しみを味わっていられる環境の人とかもいるのかも知れないけど、そういう人は稀だと思うから。
でも、そういう人もずっとそんな状態が続いたら、楽が楽じゃなくなるだろうけどね。
逆に楽という快感をもっともっと欲しくなって、より苦しむ方向に向かうと思うけど。
するとこの「楽」も苦。楽しいと思うこと自体が一瞬の儚い夢・幻。
結局この世は「一切皆苦」ということですね。
だから、仏教ではこの苦を出発点として、苦から離れることを教えます。
まずは一切皆苦、この世の全ては苦だということを、しっかり認識して、その意識でこの世界を見るようにしましょう。

