前回のおさらいですが、四苦とは生老病死のことです。
生まれることは苦、老いることは苦、病気になることは苦、死ぬことは苦。
この4つに、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦の四苦を加えて八苦。
それで四苦八苦です。では、順に見て行きましょう。
・愛別離苦(あいべつりく)
愛別離苦は、愛するもの、好きなものと別れる、離れること。
愛する人と別れる、離れることは苦ですよね。
愛する者が突然亡くなってしまったら、何が何だか分からなくなるかも知れない。
ここでの愛とは「執着」という意味でも考えます。
例えば、長年集めた沢山の本とかカードとか、火事で全部燃えちゃったとか。
コレクターにとっては大打撃ですよね。
他にも、これが自分のアイデンティティなんだ、これがなきゃダメなんだっていうもの。
こういう執着しているものを失う苦しみ。これが愛別離苦です。
・怨憎会苦(おんぞうえく)
怨憎会苦は、嫌いなもの、怨み、憎むものに会う苦しみ。
学校でも仕事でも、嫌いな人と毎日顔を合わせなきゃならないのはツラいことです。
他にも虫とかに出会うとか。私は、ゴキ〇リ、ムカデ、スズメバチとか毎年出会うので、なるべく会いたくないですね。
あとは天気なんかも含んだり。今日は写真を撮るから絶対雨に降られたくない。そんな日に限って雨だとかね。
こういう出会いたくない対象に出会う苦しみが怨憎会苦です。
・求不得苦(ぐふとっく)
求不得苦は、求めても得られない苦しみです。これは愛別離苦と対になる苦ですね。
愛別離苦は既に執着しているものが存在している状態から手離さなければならない苦しみですが、こちらは手に入れていない対象を、手に入れたいと望んでいる、執着しているのに手に入らない苦しみです。
これはもう色々思いつくんじゃないでしょうか。
好きな人が手に入らない苦しみ、受験不合格、望んでいた役職に就けない、選挙に落選などなど。
こういう苦しみが求不得苦です。
・五蘊盛苦(ごうんじょうく)
五蘊盛苦は、短く説明するのが難しいんですけど、簡単に言うと、心身の執着から来る苦しみ、というと分かりますかね。
Wikipediaで拾って来た言葉ですが「自分自身が生きている(心身の活動をしている)だけで苦しみが次から次へと湧き上がってくる」苦しみ。
例えば、忘れられない思い出とか。大失敗した記憶・トラウマ、もう通用しないと分かっているのに過去の成功体験から離れられない、あの時こうしていれば今はこうではなかった、とか。
そういう過去に対する囚われみたいなものを想像すると良いかも知れない。
逆に「これさえあれば私は幸せになれる」とかも含みます。
あの大学に行けば、あの会社に就職できれば、あの試験に合格すれば、あの人と結婚できれば、などの未来に対する囚われ。
そういう執着による苦しみ。これが五蘊盛苦です。
人生の苦って、大体このどれかに分類できると思うんです。
これだけ見ても、いかに生きるって苦しいか、この世が苦しみに満ちているか分かりますよね。
だから、一瞬の喜び、楽しみなんてものに囚われないで、この世は苦が本質・真理だと認識することが大事なんです。
「いやいや、だからこそ一瞬の快楽(喜び、楽しみ)でもなきゃ、やってらんないですよ」という意見も分かります。
仕事のストレスをお酒で解消。
しかし、それに頼っていたんじゃ、一時のその場しのぎ。
「いえ、その場でもしのげれば良いんです」
しかし、その一時はいったい何時まで続くのやら。既に体に不調が出始めて、やめようと思っているのにやめられないところまで来てますよね。
「お酒をやめたら、明日から仕事に行けない。それじゃ生きて行けない」
多分、遠からず体を壊して、仕事に行けなくなるし、下手したら闘病生活など、新たな苦を生み出す原因になると思います。
これは極端な例ですが、苦から逃れる時の理由付けって、こんな感じじゃないでしょうか。
ちなみに、これは「苦しみを逃れる為に、快楽を求めるだけじゃ根本的解決にはならない」って話です。
あとこれを本人に直接指摘するのはタブーです。
えーと、この苦から逃れる方法は別の機会にお話しするとして、まとめると、今回は「この世は苦である」という認識を持つことの重要性。
この見方で、この世を見ることによって、幻想に囚われることなく、早くこの輪廻の世界を解脱したいと思う、解脱しなければ本当の救いはないと気付く。これが救いの第一歩。
この意識を持って生きて行きましょう。
今日は「四諦」についてです。
四諦=4つの真実・真理という意味ですね。
四諦の「諦」は「諦める」という字を書きますが、字面だけ見ると4つの諦めと読めます。
諦めると言うと、ちょっとマイナスのイメージ、負のイメージがありますけど、仏教用語で「諦」は真理、悟りを意味します。
「あきらめる」→「あきら(かに)みる」(…ちょっと苦しいかな?)
諦めるは「明らかに見る」という意味で、真理を明らかに見た上で「諦める」「断念する」というようなプラスの意味になります。
この4つの真理は「苦諦」「集諦」「滅諦」「道諦」の4つで、頭文字をとって苦集滅道なんて言います。
1つ1つ見ていきましょう。まず「苦諦」です。
【苦諦】
これはもう前回お話した一切皆苦ですね。
この世はすべて苦。この世のすべてが苦。
まず生きること自体が苦、生きていること、生きて行かなければならないこと。
もう人生そのものが苦である。
生存=苦。
これがこの世の真理。
この真理はお釈迦様の人生観の根本です。
ここから仏教が始まったと言っていい。これが仏教の出発点。
まずは「この世が苦である」ということ、これを分からなければ始まらない。
なかには「いやいや、人生楽しいこともあるじゃないですか」「私は毎日が楽しいですよ」っていう人もいるかも知れない。
でもよく考えてみてください。人生トータル的に考えて、どうですか。
苦の方が圧倒的に多くないですか?多くの人は、たまに楽しいことがあるって感じだと思います。
しかも、その楽しいは苦しみと比べて、均等ですかね?それって等しい割合ですか?
この人間界に生まれて、次々と楽しいこと、喜びがやって来る。
そういう人は前世でものすごく善いカルマを積んだんだと思います。
もう殆ど天界に生まれるんじゃないかってレベルで。
そういう人はちょっと除いて、通常は苦しみの人生に四苦八苦してる人ばかりじゃないかと思うんです。
この世の本質は「苦の連続」で楽しいことがたまにやって来る。
苦が基本だとしたら、楽は一瞬、刹那的な喜び。一瞬の喜びなんて幻ですよ。
それに囚われることが苦の原因。
喜び、楽しみは終わった時の落差が大きい。
だから「楽」という感情からも最終的には離れなければならない。
さっき四苦八苦って言いましたけど、四苦とは生老病死のことを云います。
生まれることは苦、老いることは苦、病気になることは苦、死ぬことは苦。
生と死は輪廻も指します。
この4つに、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦という四苦を加えて八苦。
これが四苦八苦です。
順に見て行きましょう。…(続く)
