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ひさこねこのいるところーマメンチサウルスとダイニングで

ひさこねこはキッチンすぐそこのダイニングで暮らしています。そこで、マメンチサウルスという名のテーブルに向かって書いたり、食事をしたり、けっこう快適な生活です。
そんな暮らしのなかで、思ったこと、感じたことを綴っていきたいと思っています。

こんにちは。ひさにゃんです。

あい学堂代表は歯医者に行っています。夕方からお仕事です。

 

さて。

わたしの出身は田舎の町です。少子高齢化が進んだ、過疎の町です。

わたしは地元の自然が大好きで、海も山もたんぼも畑も愛していました。冬の白山連峰などは、神々しいほどに美しくて、見惚れていました。

だけど、そこで暮らすことは、苦痛でしかありませんでした。

わたしは自分の家を持っていましたが(父母と暮らした実家ではない)そこはあるいていけるところにサンクスしかなく(もうないんでしたっけ?)どこへ行くにも車を運転していかなければなりませんでした。

わたしは車を運転はできるけど、下手だったし、運転するのはきらいでした。

だから、行くのは自分の病院と母が入院している病院と、大型スーパーと図書館、あとは友人がやっている喫茶店くらいしか行くところがありませんでした。

遠くへ行くのは、運転がきらいなわたしには、できないことでした。

町を歩いていても、めったに人には会いません。

 

ただ、でも、大事な風景はあり、そこを見にいったりしていたのですが、それは、もう奪われました。

わたしは市の行政がやることはわからないことばかりだ、と思っています。

市は、車の通る道を広げ、いらない道をつくりました。わたしの大切な山を切り崩して。思いあがるな!人間には山をつくる能力はない。何万年と生きてきたものをショベルカーでくずすなんて、自分の首を絞めているようなものだ。

町は高齢化している。車を運転できるのは何歳まで?人口が増える見こみもないのに、だれも走らない道路をつくって、なにになる?

事実、わたしの実家のある町にできたセブンイレブンは、できて10年もせずに閉店しました。その新しい道路沿いの店です。

わたしは故郷にいたとき、苦しかった。

海もまた、浸蝕がすすんで、海岸は見る影もありません。

浜辺の浸蝕は日本中でおきていることなのに、それについては、人間は関係ないのでしょうか。わたしは一説にはダムができて、川の土砂が海にはいらないからではないかときいたことがあります。

海も山も、人の暮らしも変わってしまった。

わたしは故郷にいる姉とも絶縁したし、友だちも親戚もあっちにいるけれど、駅前に大きな市立病院が建っている姿などを見ると、やはり、市のやることはわからないと思い、故郷から遠のいてしまいます。

ああ、ここも車で来るしかないなあ。わたしは一人暮らしだったから、タクシーでしかこれなかったんだな、みんな、どうしているんだろう。

 

わたしはいま、地下鉄の駅から、歩いて7~10分ほどのところに住んでいます。

地下鉄もバスも市電も使えます。

車は持っていません。そうやって暮らせることが、わたしには楽です。

過疎は深刻な問題でしょう。

でも、田舎は住みにくいです。いくら田舎の自然を愛していても、その気持ちさえ、大事にしてはもらえない。

車のための町にして、でも、それをよしとできるのはあと何年ですか?

運転のできない人は増えます。そして、運転のできる若い人は、町に残りますか?

 

ずっと、この想いをためていました。

車社会がいやだなんて、そういう声をきいたことはないです。

みんな、当たり前に車に乗り、子どもは車で迎えにいき、たいへんたいへんと言いながら、そういうものだと思っているみたいでした。

だから、わたしは黙っていました。

故郷ことを考えると、胸が苦しくなります。

あの町を出られて、よかったんだけど、でも。

なにか、失くしてしまったものがあるようで、悲しくなります。