私の祖母が亡くなったのは、
真ん中娘が産まれて4日後でした。
うちは父と母がうまくいってなくて。
私を妊娠してる時に、
父との同居先を出て
実家に帰ってきたらしい。
母は1人で私たち姉妹を育てようと
頑張ってくれてて、仕事が忙しく
ほとんど家にいなくて。
なので、私と妹は
ほぼおばあちゃんとひいおばあちゃんに
育ててもらいました。
祖母はめっちゃ厳しくて。
あれダメこれダメ、
あのお友達とは付き合うな。
成績が良いのは当たり前、
体が弱いんだから勉強くらい頑張れ。
みたいな無言のプレッシャーを感じていた![]()
なので、私は結構
抑圧されて育ったのかな〜笑
非行に走るのも怖くて、
反抗期もほぼなかった。
妹がガッツリ
反抗期エンジョイしてるのが
実は羨ましかった笑
でさ、長男が産まれて。
それまで色々気持ちに蓋をしてたのが
徐々に開いてきたのか。
しばらくしてから、
めちゃくちゃおばあちゃんに
反抗したくなって。
遅れてきた反抗期?
祖母が倒れる数週間前、
珍しく長男を連れて長めに実家に帰ってて。
その時もバリバリ反抗期![]()
声かけられるのもイヤ、
息子に触られるのもイヤ。
だから結構、イライラした態度で
接してたと思う。
当時住んでた福井に戻った直後。
おばあちゃんが倒れて
入院したと知らせが。
そこからあれよあれよという間に
意識が無くなり、
2度と話せることは無かったんですね。
私はその時娘を妊娠中で。
おばあちゃんを励まそうと思って
息子とまた実家に帰って。
しばらく病院通いしてたなぁ。
娘を産むために一旦福井に帰って。
ゴールデンウイークに
娘を見せてあげよう。
そんな風に母とも話してたら。
おばあちゃんが息を引き取りました。
この時、私は究極の
「生」と「死」の場面を体験して。
ほんまに
「死んじゃったらおしまい」って思った。
おばあちゃんに、
あの時の態度はごめんねって謝りたいけど、
もうできない。
ごめんね、おばあちゃん。。。
娘が産まれてきてくれたのは、
きっと私を絶望に落とさないため
だったんだろうな。
娘がいたから、
私は何とか気持ちを
立て直すことができました。
この体験から学んだのは。
子育てって、自分をもいっかい
育て直すチャンスにもなるってこと。
子どもを通じて、過去の
子ども時代の自分を体験し。
傷があったなら、
それを癒す機会にもなるんだと。
私の遅れてきた反抗期笑
がなかったら、
今もなんか分からんけど
ずっとモヤモヤする気持ちを
引きずってたかもしん。
そう思ったら、
祖母には申し訳ないけど
感謝なのです。
そして、その機会をくれた
子どもたちにも。
私の命を繋いでくれてありがとう。
体の弱かった私、
たっくさんお世話になりました。
どうぞ、そちらでも安らかに。
こんなことを思いながら、
いつも実家に帰ったときは
お墓に手を合わせています。
今ある命を大切に。
あなたも大切に。
ここまで読んでくださり、
ありがとうございます![]()
公式ラインでは、
身体のお話や普段感じたこと・ご予約枠など
1~2週間に一度配信しています![]()









