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玄関が開いて聞こえる声。
なぜならウチには呼鈴が無いので、声掛けかノック。
「はい、どちらさん?」
出ると宅配業者でも無く、見知らぬ年配の方。
「同じラビット(富士重工ラビット45年物)に乗ってるので声を掛けてみました」と。
何でもずっと古くから乗り続けて今に至り、乗ってる人も全く見なくなったので、通り掛かりに嬉しくなってが最大理由との事。
店先ではいつもの事ながら、自宅はお初の事なので、ちょいと面白い。
午前中のまだ寒い時間だったので、手短ながら良い時間を過ごさせて頂きました。
何か最近全く無かったこんな些細な事が、引っ越し後の日常の中で取り巻く事実。
本当のリアルって、こっちじゃないのかな?とも思う日常。
どうしてもマンション暮らしの時は、まずは閉塞感。
挨拶はするが、後は知らないふりで日々を。
やるじゃないか俺の日常。
もしや本気で変化を俺の体は欲しているのでは?
実は色々思考中。
形になればいいなあと。
TONIGHT part.4
つづき。
会社で再び籠のなかの鳥となりながらも、会社内ではどこか扱いづらくなっていた俺は、その中でも一時期の経験の中から、のらりくらりの立ち回りスキルを身に付けていた事も有り、あの夏の思い出とばかりに、臨時収入ついでに再度HONG KONG KNIFEのLIVEをとばかりに、1月後には移転前の新宿ロフトへフットワークも軽く旅へ。
初めての新宿ロフト、それだけでも狂喜の出来事。
見渡せば「DOLL」誌で見掛ける面々が多数。
オマケに好きなカメラマンなんかもいたりで、初体験のお初三昧。
何か楽しくて、強いもの知らず的に色々声掛けまくりで刺激が凄い。
そして空気そのものの質が違い、そこにいる人達のまとう空気までが異質と感じる。
そこを感じただけでも最高の経験。
「何だこの本気度は?」
博多で感じた事の無い空気なのか、それともその場になれてないだけなのか、明らかに異質を感じる。
しかも良い意味での異質。
そしてホームということも有るのか、やっぱLIVEもスゲー…。
もちろんロフトはLIVE後、自然と打ち上げ会場に。
何もかもが博多とは違うと思った記憶が。
そしてそこでも楽しいばっかりで、どんだけ刺激ですか?
とにかくバンドで上に行こうとか、何かしらきっかけとして好きな事で世に出たいとか、そんな話ばかりでなかなか楽しい。
少なくともあの時は「これがやりたいけど、所詮無理で…」とか「はあ…、何かないかなあ…」は、聞く事も無く過ごせた気が。
そして俺も何だかそんなアッパーな気持ちに近づいていた様な。
「バンド真剣にやろう!」みたいな、「名前を売りたい!」みたいな…。
スゲー賑やかで、スゲー最高な空間。
次の日は横浜黄金町へ、横浜日劇を探しに観光がてらブラブラと。
所謂、悪名高き場所の様なそのエリアは、かなり暴力的な雰囲気をかもしだした街並みと人間模様。
全てがフィクションにも見えてしまうそのエリアは、「ヒリヒリとした空気が…」の例えが良く似合う。
なぜこの場所へ?
まだ私立探偵濱マイクが、スクリーンだけの物語だった頃、やたらの影響を受けての徘徊。
「行きたい場所には行けばいい」と、やっと濱マイク探偵事務所の舞台、横浜日劇へ到着。
存在感がハンパじゃない。
横浜日劇のネオンが建物を含めノスタルジックで、その周りは冗談でしょ?と言いたくなる様な有様。
街並みに溶け込みながらも映画がフラッシュバックして、そこで生活するカタガタニハ失礼な話かもだが、その目に見える世界がフィクションにしか見えない。
結局フィクションの中に生きるという事は何なのだ?
つづく
TONIGHT番外編part.2
つづき。
結局そんな連中との絡みは、糧になったのかならなかったのか…。
しかし俺の好奇心を少なくともくすぐり、別な空間を見たのも良い経験と、入院した事もきっかけにキッパリと決別。
混沌とした時期に有りがちな、自己逃避だったのか自己の新しい場への渇望だっただけなのか、意外にアッサリと、今では余り細かいディティールも思い出す事の無い、ある意味不思議な思い出として記憶の中に。
人間興味だけ、良く見えるだけなもの、自分で何も残らないものへと導かれる事も多々。
そういった時は得るものよりも、失うものが多いのではないかと。
しかも無駄に時間を要する分、自分に取っても質が悪い。
しかしバチッとハマるもので有れば、それは最高に糧になる訳で、なるべくセンス良く選択したいもの。
でもそんな時は得てして何も考える事無く、何も気にする事無く選択を続ける事が多い。
結局のところ、違和感や何か自分に対しての理由付けが必要なものは例外なくほぼ無意味に近い有様に。
無理して楽しむのも難しい。
混沌時代のどんより雲の下、納得する事の無い日常から、外界へ の憧れの入り交じる生活の中、HONG KONG KNIFEを初見間近のひとコマ。
全くもって何だったのか未だ解らない、番外編にての外界接触ストーリー。
SITTING ON TOP OF THE WORLD
今日は寒空の下、ウインターヴァケーションなTiger boy4歳と大工です。
しかし通りすがりのご婦人達は、なぜ子供の頭を撫でたがるのでしょう?
なぞ!
昨日は珍しく本屋に立ち寄りクリスマスプレゼントとして本命視されていた絵本を物色。
有るもんですねえ、感動的にこれは良いのではないかと考えさせられた絵本を発見しましたよ。
枕元に置くべし!
そしてウロウロと、資料が有ればなあと引き続き物色。
いつもの事でなかなか無いもので、またもや惰性で一冊資料となる本をどれにしようかと最終ジャッジを決める直前、今の気分&感性にえぐり込んで来る本を発見!
結局自分も多岐に渡る興味により、なんだかんだで自分というコンセプトが上手く仕上げられているのかいないのかで、それを如何に一貫性を持たせ進むかと考えたりの日々なのですが、これほど単純で明快な答えも有るのかと目からウロコ。
人それぞれのスタイルが有り、それぞれのスタンスを下に形成を成すが、そのスタイル性がごった煮で紹介をされた類いの物は今の自分には全く必要でなく、今の自分には進むべきスタイルがぼやっとしながらも現実的には見え隠れし始めているので、ある意味そこを究極に追うのがスタンスとしても、自分自身の今のベストであるのではないかと。
結局ミックス型とは言え、最終の今の答えを何処にするかは常の考え。
要はある意味、表現をする立場として何処に行くのか?が根底。
やはり歩けば、動けば見つかるかもしれないもの。
自分が求めるもの。
惰性よりも本能だな…。
本日の火の玉本能ボーイ!

