今日もよろしくお付き合いください。
酒飲みオヤジ
のように、話が長くなったので、このシリーズは今回で「ひとまず」最終です。
こう思うんです。
なので、どの方も 一意見としてお読みください。
専門性の弊害
いわゆるリハビリ従事者は
多くの場合、病院で理学療法・作業療法を提供しています。
いろんな経緯があり、PT・OTが国家資格を持つにふさわしいと
認定されたんだと思います。
その点は、私たちの誇るべきところであり、
恥じないように努力と精進をしていかなければならないところです。
でも、
患者さんは とにかく治ればいいと思ってる。
極端な話、
ものすごい激痛でも3秒我慢すれば、その麻痺が完璧に治る。
といわれたら患者は頑張って耐えるでしょう。
もちろん激痛の後遺症はなく安全度100%の保証付き
そんな技術ですがただし、欠点がある。
どういう理屈で治るのかが解明されていない。
現時点では、おとぎ話だが、
もし、そんな技術があるとしたら
その方法を知りながらも私たちは理学・作業療法士だからと
理論がない手技はダメだ・リハビリ系技術じゃないからダメだと
その技術の習得を拒み、患者への提供も拒否するのだろうか?
ルールを守るか、患者満足を選ぶか。
医療という枠組みがある以上、そこにはルールがある。
診療報酬を国からもらうからには、ルールに従わないといけない。
ただし、ルールを重視し患者の意思をないがしろにしたら、
それは単なる支配。
病気・ケガをしたら「病院」という
そこに行くしかないというところに行き、
選ぶ権利もなく療法士が付く。
その療法士が提供するものを受け入れるしかない。
患者は人生をその療法士に半分以上は委託する。
大都会で、外来に通うのなら患者が選択するということも可能だろうが、ごく一部。
病院で私はPT/OTのプロと言いたかったら、
その患者を満足させられるものを提供するのがプロだと思う。
そのための手段は あらゆるもの。
私は○○法を知っているから○○法で治します。
そんなこだわりは外でやってくれ。
自分が信じている技術でも、その患者にとって一番のものかは別。
○○法専門店は外でやりましょう。
そうするとそれを望むお客がその店に行きますから。
そうすると外で私はPT・OTのプロと胸を張って言えると思います。
たぶん、
「私は理学・作業療法で治してほしい」
という患者は病院にいないと思う。
他との違いもよく知らないだろうし、
国が認定しているんだから間違いないだろう
という思いだけ。
その代り、何を提供しても患者を満足させられれば、
すごい職業だなぁと認識される。
だからこそ、いろんなものを学び、それを理学・作業療法として提供する。
そこでしか職種の存続はないと思う。
堂々巡りになるが、この技術は「理学療法だっ」てものはない。
理学療法・作業療法が発祥の技術というのはあるけど、
Tazanという雑誌を開けば、理学・作業療法士が創った技術を
スポーツトレーナーが当たり前のように選手や一般人にそれを提供している。
いいものはみんなでシェアすればいい。
みんなでその技術を発展させればいい。
鍼灸師や各セラピスト、インストラクターは
病院で治療できないんですから、
その人たちの積み上げてきた
「エッセンス」を代わりに
提供することに私はなんのためらいもない。
言語の壁がとれるように、治療手技の壁もとれるといいですよね。
すべてはお客・患者満足へ。
その結果自分たちが生かされていると。
バリアフリー? ノーマライゼーション?
本日もご覧いただきありがとうございました。
追伸:PT/OTに対して真面目にリハビリのプロっ!てなんだ。
という人は リハビリテーションとはなんぞや
を学び直したほうがいいでしょう。
追伸:こんな偉そうに言う私も病院では私はプロになりきれないなと思う。
なぜなら人間だもの。私は私の好きな世界がある。
追伸:娘の満足のためなら あらゆるものを提供したい!。
わがまま娘に育ててしまいそう(笑)