中古車の男 | 不思議なできごと

不思議なできごと

できるだけオリジナルな、或いはそれに近い怪異譚を公開してゆきたいです。

 みなさま、大変遅くなりました。今年もマイペースでちょこちょこの投稿になるかと思いますが、よろしくお願い致します。


 さて、今夜は昨年暮れに自分が直接体験したお話です。
 
 あの日、私は友人の付き合いで、中古車店を訪れていました。
 友人はほとんど目星は付けていたようなのですが、誰かに背中を押してもらいたかったのでしょう。
大して車に詳しくない自分に中古車店への同伴を依頼したのです。ちょうど時間が空いていたので、自分は行くことにしました。

 そこは国道沿いにある個人が営業している中古車店で、そんなに大きくはないお店ですが、車の種類は多く、大概のニーズには答えられるのかなという印象でした。
 友人は着くや否や、店長を呼び、あれこれ質問を始めました。自分は口出しできるような知識はないので、ぶらぶらと、展示してある車を眺め歩くことにしました。
 ふとみると、車の運転席に座っている人が居ます。ああ、あの人も見に来ているんだなぁ。乗り心地を確認しているんだなぁ。位に思い、気にも留めずにまたゆっくり歩き始めました。
 ぐるーっと一回りして、友人の様子を伺うと、まだ熱烈に交渉しています。そこで、もう1まわりしてみることにしました。そして、そんなに広いお店ではありませんからまた、先ほど誰かが試乗していた車の近くへとやって来ました。見ると、まだその人が乗っています。熱心だなぁ。まあ、車は安い買い物じゃないから、慎重になるんだなぁ。とか思って、そのまま通り過ぎたのですが、何か気になって振り返って見たのです。すると、まだ乗っています。そして、この時ふと、違和感を感じました。先ほどから、全く動いているように見えないからです。
 1周目に見てからもう5~6分は経っています。いくら慎重でも、微動だにしないというのでは、確認していることにはなりません。自分はもう少し近づいてみることにしました。
 確かに男は運転席に座っています。髪を金髪に染めた痩せぎすな男で、白いシャツを第2ボタンまで外しており、鎖骨の窪みまで見えています。何故か顔はぼやけているような感じではっきりと見て取ることはできませんが、印象としては色白なキツネ目一重の男で、なんとなくヤンキー風なイメージを持ちました。
 よく見ると金髪の根元が色が抜けてきていて、黒髪が少し見えて来ています。
 自分はそのまま横側に回り込むことにしました。それでもやはり彼は微動だにしません。でも、徐々に横からの姿に変わっていきます。彼の横顔が見えました。鼻筋が思っていた以上にすらっとして高い。ああ、彼はやはり“居る”のだ。そう思いながらもう少し車に近づいた時、事態は急転しました。・・・彼が突然消えたのです。自分は驚き、そして核心しました。ガラスに映り込む「亡霊」の姿はよく聞く話ですが、彼は車内の空間に“居る”のだな、と。

 友人の元に戻ると、交渉は最終段階に入り、試乗することになっていました。同乗を誘われたのですが断りました。決めるのは本人だからです。友人はお店の若い人を乗せて走って行きました。自分は先ほどまで友人と交渉していた店長と世間話を始めました。数分話しただけですが、実直なよい人だという印象を受けました。そして、自分は先ほどのことを話してみることにしました。このお店の経営に影響する話になるかも知れないのですが、なぜか話してみたい衝動に駆られたのです。そして、反応は意外なものでした。知っている。と言うのです。あの車を見た人の多くは彼を見ている筈だ。とも言いました。聞くと、あの彼は少なくとも1年半はあそこにああして居るそうです。
「あいつは、あの車のあの空間がよほど好きだったんでしょうね。居ついているんですよ。ただそこに居るだけ。私は何度もあの車に乗ってみましたが、別に何か悪さをするわけじゃない。運転中に彼が見える訳でもない。ただ、車から降りて、一定以上の距離を離れたら、現れるだけなんです。ただあそこが好きなだけなんですよ、あいつは。・・・・・・・・・・
 しかし、彼が居たら売れませんよね。状態はすごくいい車なんですが。・・・・・実は今ね、決心しました。処分します。あの車をね。いいきかっけをあなたは作ってくれました。早くそうすべきだったんです。私は車というか、彼に愛着を持ちすぎていたのかも知れません。」
 
 話を終えて、店長と彼とは何らかの関係があるのではないだろうか、とふと思いましたが、それ以上聞き出すのは憚られる雰囲気があったので、自分は挨拶を済ませ、その場を離れることにしました。