西隣のアパートに住んでいた若者の話。
彼は、その窓にカーテンをしていなかったので、1メートル数十センチ離れて向かい合わせになっている隣のアパートの窓がよく見えていたため、時々そこの住人の影を見ていた。
ほとんどが夜で、曇りガラス越しに見える照明からの影により、その住人は男性だということはわかっていた。
アルバイトが急にキャンセルとなったある日の午後、彼は何の気なしに向かいの窓を眺めていた。
すると、曇りガラスが嵌められた内窓ががらりと開けられ、五十代風の痩せぎすの男の姿が見えた。
髪は短いが寝癖が見えてややぼさぼさ、無精ひげが鼻の下と顎あたりに見えた。起きたばかりなのだろうか。と思いながら見ている内に、一瞬、男と目が合ってしまい、彼は思わず頭を下げた。相手の男も少し頷くような仕草をしたように見えたが、なんとなく気まずいので視線をずらし、席を立ってしまった。
その後彼は、覗き見しているように思われるのも嫌なので、窓にカーテンをすることにし、そのエピソードを近所に住む友人に電話で話すことにした。すると、相手から意外なことを言った。隣のアパートは十年以上は空き家で、誰も住んでいる筈がないと言うのだ。
彼はあわてて外へ出て隣のアパートを見に行った。すると、確かにそこは空き家で、何年も人の住んでいた形跡のない建物だった。通学や買い物する場所は逆側にあったため、隣のアパートを見たことはほとんどなかったのだ。
ためしに階段に張られたチェーンを乗り越えて2階まで上がってみたが、そこにも人の形跡はなく、浮浪者が入り込んだ雰囲気すらなかった。
彼は急に寒気を感じ、引越しを思い立ったという。
そこは、今現在もある筈である。