ジョギング | 不思議なできごと

不思議なできごと

できるだけオリジナルな、或いはそれに近い怪異譚を公開してゆきたいです。

不思議なできごと あの頃、僕はダイエットと運動不足解消のため、ジョギングを始めた。
 でも、走っている姿を他人に見られるのは恥ずかしいので、夜の7時以降になってから走ることにした。
 ここからA橋までは、往復約3キロメートル。数百メール行くと、堤防があり、そこを越えると夜には利用者がほとんどなくなる暗いサイクリングロードがあるので、ここをA橋まで走る姿は全く目立たない。小心者のジョギング初心者にはちょうど良い環境と距離に思えた。
 最初は片道1.5キロでも身体にこたえた。情けないことに、途中時々休みながらのジョギングとなった。
 しかし、徐々に慣れてきたのか、A橋まではノンストップで走ることが出来るようになった。それからはA橋の下で一休みしてから帰る。ということを繰り返した。1ヶ月もすると、一休みしなくても往復できるほど体力が付いてきたが、それでも橋の下で一休みすることはやめなかった。いや、それどころか、一休みの時間が、当初は5分程度だったものが、10分、20分・・と増えてゆき、長いときは3時間を越えることもあった。
 僕は橋の下で何をしていたかというと、ただ、ぼうっとしていただけなのだ。橋の上の喧騒をよそに、橋の下は意外と静かで、人の通りもほとんどない。川のせせらぎが聞こえ、涼やかな風も吹いてきて気持ちがいい、だから僕はコンクリートブロックの上に腰を下ろして、そこに長居をしていたのだ。

 ある日、橋の下で休んでいると、雨がぽつりぽつりと落ち始め、強い風も吹いてきた。そういえば、夜から雨だと言っていたな、と思い出した。普通の雨の時は橋の下は雨宿りにちょうど良いのだが、さすがに風の強い時ばかりはそうはいかない。そう思うと、僕は立ち上がった。時計を見ると、まだ8時を少し過ぎた位だった。いつもよりはずっと早い時間だった。
 本降りになる前にと、川原の道をいつもより早いピッチで走っていると、傍らから僕を呼び止める声がする。見ると、中学時代の同級生Oだった。
 「おう、ひさしぶりだな。元気だったか。」
 僕が声を掛け終わるのを待たず、Oは
「お前、何やってるのさ。」
と怒鳴るように言った。
 おや、こいつ、何を怒っているのだろう。
 とは思ったが、おそらく10年振り位の再会。努めて冷静を装った。
「ジョギングだよ。最近体重がちょっとね。」
「それだけじゃないだろう。変だぞお前。本当は何やってる?」
「だからジョギングだって。」
「違うだろう。それ以外にも何かやってるだろう。」
「何もしてないよ、何言ってるんだ。」
 僕も次第にむかむかしてきた。
「お前、自分の顔、鏡で見たことあるのか、そんな顔して何だ。」
「毎日朝晩顔洗う時に見てるよ。馬鹿にすんな。」
「いいから来てみろ。」
 とO君は僕の左腕を摑んでずんずん歩いていく。その先には彼の営業している喫茶店がある。僕は、そこに強引に連れ込まれた。
「そら!」
 O君はトイレのドアを開き、僕をそこへ突き入れた。否応なく鏡を見る羽目になった僕。気が進まないながらも、仕方なく自分の顔を見た。

 ・・・・真っ青だった。

 いや、真っ青というより土気色というのだろうか、生気が失せていっているような顔色で、不自然に頬がこけ始めていた。体重はほとんど変わっていないのに、顔の痩せ具合はちょっと異常かもしれないと思えた。
「あれ、なんか、不健康そうだな。おかしいなあ、身体にいいと思ってジョギングを始めたのに。」
「お前、ジョギングしながらどこ行ってるんだよ。どっか、まずい場所に寄ったりしてないか。」
「まずいところへなんか行ってないよ。A橋へ行って戻ってくるだけだ。」
「A橋?A橋で折り返してくるのか?」
「ああ、そうだよ。A橋の下で一端休憩して、戻ってくるんだ。」
「休憩?あんな所で?どれくらい?」
「その日によるけどな。気持ちいいんだ。あそこに居ると。ついつい休憩が長くなってしまうんだ。あそこに居ると。」
「まさかお前、あんな所に何時間も居る訳じゃないだろうな。」
「いるよ。気付くと3時間とか平気で過ぎてる。何をやっているというわけじゃないけどな。」
「何もしないで3時間だと。しかもあんな所で。おかしいだろう。何やってたんだ?」
「何やってるって、休憩だって。」
「休憩って、3時間もやらんだろう。何をやってるんだ。誰かを待ってたりとかか?」
「・・・・・・・・・・はて、そういえば、何かを待っていたような気もする。」

 するとOは、僕の左肩を握るようにしながら、また怒鳴り始めた。
「お前、馬鹿か!あそこがどういう場所か、長く住んでいるお前が分からない訳ないだろう。お前憑かれて来てんだぞ。」
「憑かれる?僕が?何に?」
と言いながら、僕は次第に思い出した。

 A橋は今でこそ車通りのよい、明るい橋になっているが、昭和40年代までは暗い橋で、そこから身投げする人も少なくなく、欄干に紐を縛ってぶらさがった人が居たと聞いたこともある。そんな場所だからか、戦前から昭和40年代中ごろまで、タクシーを呼び止める女の亡霊が出ると噂され、実際に新聞に掲載されたこともあった。

「・・・・ああ、あそこは、ちょっとまずい場所だったかなぁ。」
「そうだろう。最近だって、春先の増水時期にあそこから身投げした親子が居るんだ。そういうものたちが集まってくる場所なんだ、あそこは。長居なんてしてちゃいけない場所なんだよ。」
「・・・そうだったな。いや、わかった。分かったよ。もうあそこへは行かないよ。」
「夜のジョギング自体やめろよ。お前、昔から、そのテのことに興味持ってたろ。そういう奴は引っ掛かるんだから。走るんなら、昼間だ。昼間にしなよ。」

 それ以来、ジョギングはしていない。多少太って来てはいるが、肥満とまではいかないし、若い頃とは大分違うが、健康そうに見える太り方なので、これはこれでよし、と今は思っている。


 それにしても、あの頃僕は、何を待っていたのだろう?