畳の話 | 不思議なできごと

不思議なできごと

できるだけオリジナルな、或いはそれに近い怪異譚を公開してゆきたいです。

稲川淳二さんの怪談にこんな話がある。
 ある配管工が依頼を受けて、水道管工事に行った。仕事を終え、家に着いた彼は、現場に臨時ボーナスの袋を忘れてきたことに気づき、夕闇が迫る中現場に戻る。が、そこは昼間見た現場とは違い、廃墟に近い家のように見えた。不審に思いながら家の中に声を掛ける。しかし、返答は無い。おそるおそる中へ入ると、確かに水道管は修理してあり、その傍らに忘れたボーナス袋があった。
 忘れ物は戻った。しかし、そのまま帰るわけにゆかず、家主がいると思える奥の間へ向かい、声をかける。しかし、返答はない。ふすまをあけると、布団が敷きっぱなしになっていた。と、どこからか鐘の音がちーんと聞こえ、驚いた足元には異様な姿の老婆がにじり寄ってきていた。彼は思わず気を失う。
 暫くして警官のかける声に目を覚ます。廃屋の前に車両があるので変に思った警官が中を確かめてみると、彼が倒れていたのを発見したのだ。ここはおばあさんが何年も前に餓死していたのを発見された家だが、あんたは何しにここへ来たのか、という問いに彼は答えた。
 「そのおばあさんに水道管を直すよう頼まれて・・・」

 というようなお話である。実はこれに極めてよく似た話を友人のTさんから聞いた。
 Tさんは畳屋の3代目で、これは先代、つまり彼のお父さんが体験した話である。


 昭和40年代のある日、奥さんが電話を取った。聞くと、畳の表面の破損が激しいので表替えをしたい」という内容だったという。Tさんのお父さんは早速依頼主の元へと向かう。
 依頼主の家は閑静な住宅街にある木造平屋だった。Tさんのお父さんは呼び鈴を鳴らして待ったが、何の音沙汰も無い。もう一度鳴らしたが、返事が全く無い。Tさんのお父さんはドアの取っ手に手をかける。
 かちゃり。
 鍵はかかっておらず、ドアが開いた。Tさんのお父さんは玄関の中へ入ることにした。
「こんにちは。T畳店です」
 奥の方に声を掛けると、男が無言で出てきた。50代の痩せた背の高い男で、Tさんのお父さんをちらりと見遣ると無言のまま奥へと歩き始めた。
「こっちへこい」と解釈したTさんのお父さんは「失礼します」と言って家の中へあがった。
 この時、Tさんのお父さんは、家具などは全部揃っているようだが、なんとなく、生活感のない家だなと思ったという。
 男は北東の薄暗い部屋へ着くと、床の一部を指差した。
 畳二枚にまたがる部分が真っ黒く腐っており、一部は深く凹んでいた。
 Tさんのお父さんは一目見て、
「ああ、これは腐ってしまってますね。ここまで深くダメになっていると、表替えだけでは無理ですね。畳を2枚替えるのがよいと思いますが、どうですか。」
 すると男は黙って頷いたという。
 
 数日後、畳を持って再訪したTさんのお父さんだが、件の家は留守で玄関のドアも鍵がかかっており、
畳を替えることはできなかった。それから2度ほど訪問したが、いずれも留守。中へ入ることすら出来ない。さすがに困ったTさんのお父さんは、家の周囲を回って窓の外から中を覗いてみた。
 そして、違和感を持った。最初に来た時にふと感じた生活感のなさが顕著だった。といよりも、何年もこの家が使われていた雰囲気がしないのだ。
 さすがにあせったTさんのお父さんは、隣の家に訊いてみる事にした。そして、驚くべき情報を得ることになる。

 隣に住む主婦はこう語ったという。
 「お隣?もう何年も空き家よぉ。自殺したの、隣のご主人。奥さんを早くに亡くされてから一人暮らしだったんですけどね。何があったか知らないけれど、何年前かなあ、もう7~8年にはなるかしら。夏にねぇ、お隣からすんごい臭いがしだしたの。そういえば、ここ暫く、ご主人見ないわねぇなんて話してたら、こりゃやばいんじゃないか、っていうことで、警察呼んだのみんなで。そうしたら、あったの、首吊り死体が。縄が切れてたたみの上に転がっていたって。死後数ヶ月経っていたって。腐って部屋がわやだったって。」
 Tさんのお父さんは足ががたがた震えるのを抑えながら尋ねたそうだ。
 「あの、その自殺された方はどんな方だったんですか。その、外見とか。」
 「ああ、背がすらっとして痩せた人ね。無口な人だったわねぇ。50歳位だったかなぁ、当時。」
 「それで、その、自殺された部屋はどこだったんですか。あそこの角の部屋ですか。」
 と言って、例の北東の部屋を指差すと
 「そうよ、あそこの和室。いやよねぇ、自殺なんて。」

 Tさんのお父さんは畳を持って帰ってから、熱が出て3日寝込んだということだった。