デビュー作にして、たぶん究極。/井上真偽 『恋と禁忌の述語論理』 | HYGGE 創作活動·読書感想

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「(略)ゲームっぽく言えば、イージーモードとハードモード ーー 詠彦くんは、どちらがお好み?」(中略)
「……ナイトメアモードでお願いします」


たぶん井上真偽(まぎ、と読みます)ほど、探偵の設定において出し惜しみをしない作家はいないと思う。

犯人が犯行に手を染める前に封じ込める千曲川光。
『探偵が早すぎる』、上下巻。

この世に奇跡があることを証明するために、奇跡以外の物理的な可能性をすべて推理で否定しようとする上苙丞(うえおろ じょう)
『その可能性はすでに考えた』と『聖女の毒杯』、シリーズ2作。

そして井上真偽のデビュー作ではあるが昨年12月にやっと文庫化されたばかりの『恋と禁忌の述語論理(プレディケット)』1作に登場する、主人公の叔母でミステリアスな天才&美人な硯(すずり)さん。硯さんは「探偵の推理を検証する者」。そしてその検証方法が他のミステリーにくらべて極めて特異なのですが、それは後述。



と続編『聖女の毒杯』(同・講談社文庫)の、奇跡を追い求める"上苙丞シリーズ"の感想をまとめたのですが、『聖女の毒杯』のエントリーのときに

"是非、シリーズ第三作を読ませていただきたく思う、そんな異色ミステリーです "

などと書かせていたたきましたが、デビュー作『恋と~』を読み、ミステリ評論家の佳多山大地さんの解説も読んでしばらく考えて、考えが変わりました
感想は上げてはいませんが、『探偵が早すぎる』を結末まで読んだときに、
「作者さん、とんでもねえな」
と思ったのですが、本作を読んでの感想が、
「この作者さん、やっぱりとんでもねえな……!」
です。

「上苙丞シリーズの第三作が出たら読みたい」という気持ち自体には変わりはなく、かつ解説の佳多山さんによる"(『恋と禁忌の述語論理』の)硯さんの再登板を求める声が澎湃として起こることを願う"という言葉にも全力で同意します。

しかしここはあえて、
井上真偽には更なる、新しい探偵像を創ってほしい
「次回作は既存のシリーズの新作ではなく、また別のミステリーの形を提示されて驚かされたい」というわがままな願望を抱いてしまいました。

井上真偽作品の特徴をアバウトに言えば、広範な知識と論理、そしてキャラ立ちした登場人物、かと思いますがデビュー作『恋と~』のアラサー女子・硯さんもかなり面白いキャラクターで、作家さんやレーベルによっては、硯さんシリーズを五作くらい出しても一切不思議ではない、そういう魅力的な探偵役です。
そこを、『恋と~』の端役でしかない(が異常にキャラ立ちしている)職業探偵・上苙丞を今度は主役に据え『その可能性は~』を書くという。そしてこれがまた新しい。なんという贅沢。キャラクター文芸が流行する現代で、そうした面白さを一作一作兼ね備えつつミステリー上での可能性を切り開いていっているのです。

だからこそ、さらにその先を見たく思うです。


ところで肝心の『恋と禁忌の述語論理』の内容なんですが、ええ……と

これぞナイトメアモード

別に、間違えて数学書の写メを撮ったわけでなく。

これが本作を独特たらしめている要素であり、かつ誰かに本作を勧めるのを躊躇わせる理由。そして、「デビュー作を飛び越えて、後続の上苙丞シリーズが先に文庫化されたのって、この取っ付きにくさが理由じゃないか……?」と邪推させる道具立て。

美人でアラサーで天才の硯さん。その武器は「数理論理学」。"人間の思考を支配する法則"を明らかにしようとする学問。

……普通だったら「数理論理学を駆使する才媛」という設定を提示するだけで、あとは通常ペースの論証をするに留まるかと思うのですが、本作ではわりと本気の「数理論理学の講義」が始まって、しかもそれが後の謎解きのための足場固めになるという。少し、京極夏彦の『姑獲鳥の夏』を彷彿とする構造です。

救いは
・硯さんの講義がわかりやすいこと
・理数系の主人公が混乱する描写が織り込まれているので、そもそも作者の意図として"作中の説明は別に理解しなくても楽しめるように小説を構築している可能性"。実際、ある程度読み飛ばしは可能だと思います。

一応自分もプチ理系だったのですが、↑の"式"についても
「あーなんか見たことあるわー。説明聞いたことある気もするけど何も思い出せんんんむむむ」
と一言一句一式の完全理解には至らず。

しかし、こんだけ長文エントリーを書くほどなので、一言で申し上げれば「面白い」わけです。

こんなミステリーは後にも先にも容易には現れない。数理論理学という方向に徹底的に尖った作品としてひとつの極点を示していると言ってもそう大袈裟ではないと思っています。
そして今後も、また異なる軸の探偵が創造され、新しい極地へ読者を連れていってくれる。そんなことを望んでやみません。


井上真偽作品に触れたことが無い方へ。

イージーモードをご希望であれば『探偵が早すぎる』(講談社タイガ 文庫サイズ)をお勧めします。ドラマ化もされました。
ミステリーとしてノーマル、もしくはハードモードをご所望ならば是非『その可能性はすでに考えた』を。続編『聖女の毒杯』含め、驚きの展開をお約束します。
そしてヘルモード、ナイトメアモードでOKな方。文庫版が出たばかりの『恋と禁忌の述語論理(プレディケット)』を。
何が「禁忌」で、誰との「恋」なのか。
実際にお読みになって、数理論理学が推理の世界を塗り替える魔法を楽しんでください。





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