ブログを長いこと放置してしまいました。
私は元気に過ごしています。
さて、前回のブログ(と言っても昨年5月なんですね。。。)で母に宿題を出したと書きました。
その後どうなったかですが、母からこの件に関して電話がかかってくることはありませんでした。
私からは昨年8月に母にお金を送りました。
猛暑が続いていたので電気代をケチって熱中症にでもなって迷惑をかけられたくなかったので、(このお金は決して宗教には使わずに電気代として使うように)と言うメモ書きを添えて現金書留で送りました。
そのお礼の電話がかかってきたのですが、母から私の宿題に触れることはありませんでした。
私からそれとなく聞いてみましたが、何のことだかよくわからないようでした。
単に私に興味がないのか、たいしたことではないと考えているのか、母の年齢的なことがあるのかわかりませんでした。
私は母との関係を修復するまでは母と仲良く会話するつもりはないので、この時の会話はかなりそっけなく、さっさと電話を終わらせました。
そして12月は私の誕生日なのですが、当日母から電話がありました。
私としてはまだ母のことを受け入れていないのでかなり事務的な対応をしたのですが、母からは驚きの発言がありました。
母「年末年始に子供達は帰ってくるの?」
私「はい、全員帰ってきて皆で年末年始を過ごします。」
母「私も一度皆に会ってみたい。」
私「はっ? 何言ってんの? 孫に会うのは次のステップで、その前にまずは私との関係を修復しなければ次のステップには進めないよ。」
突然母に孫に会ってみたいと言われて、驚きと怒りで私の口調もかなり強くなってしまいました。
すると母は「私も84歳になってこの先どれくらい生きられるかわからないのに、孫に会ってみたいと言うのがそんなに悪いことなのか。」とか「4月に電話した時も怒られて、今日もまたこんなに怒られて、こんなんじゃ友達にも恥ずかしくて話せない。」や「結局私の人生は一人で寂しいのね。」などの地雷発言連発で、ますます私の口調は強くなってしまいました。
私が「私と関係修復する気がないならもう電話してこなくていいよ。」と言うと、「娘に電話してくるなと言われた。」と変換してしまうので、もはや説明する気も失せ怒りだけが残る残念な誕生日となってしまいました。
会話の途中母が漏らした「私が今までしてきたこと(宗教)を否定したら、私の今までの人生はいったい何だったのかと言うことになるでしょう。」と言うのが母の本音なのでしょう。
(私は母に謝ってもらいたいわけではないけれど)たとえ私に謝ったとしても宗教を否定することにはならないと思うのですが、そう思えない、頑なに自分が正しいと言う姿勢を崩さないと言うことは、実は彼女の中でいくばくかの疑問があるのではないでしょうか。