当たり前にある

良いこと悪いこと

 

 

世の中に溢れています。

 

普段あまり意識してない

のではないでしょうか。

 

 

なぜなら言葉のとおり

 

 

それは当たり前だから

生活習慣に溶け込んでいるから

 

 

じゃあどういう時に気がつくの?

 

 

失ったときかもしれない

逆の立場になったときかもしれない

 

 

 

 

失うまで当たり前に気づけなかった愛の話をします

 

 

私は父を失った時、

父の偉大さを痛感しました。

喪失感は後からじわじわきました。

 

 

傲慢で支配的な父だと

思っていましたが、

 

 

どれだけ苦労して

家族を支えてきたか、

 

 

どれだけ贅沢な暮らしを

与えてきてくれたか、

 

 

同じことを求められても

私には今できる自信は正直ない。

 

 

父だったら

どうしてただろうと

 

 

想像しながら

将来について考える

 

 

いずれは近づきたい。

いずれは追い越したい。

 

 

生きている時は

うるさいなぁ

好き放題してるなぁ

また周りを振り回してるよ

 

 

父は強運の持ち主だから

絶対死なない

 

 

強いけど、わがままな父

そんな風に見ていた。

 

 

もちろん、

父の偉大さは

知っていた。

 

 

理解してるレベルは

今とは雲泥の差だけど、、、

 

 

いつも生前こう言っていた。

 

 

「わしが死んだら葬式の時に仰山くるから

どれだけすごいかわかるわ」

 

 

父の残した言葉どおりだった。

 

 

沢山の人たちが全国から参列にきてくれた。

 

 

父は多くの人に愛されていたのだ。

愛のない人にそれだけ人が集まる訳がない。

 

 

父は家族をとても大事にして

父なりのやり方で愛してくれていた。

 

 

それも失ってからしか

わからなかった。

 

 

だからここで言いたい。

 

 

当たり前にある愛

当たり前すぎて気がつかない

 

 

自分の求めるものだけが

愛じゃない。

 

 

たまに振り返ってみて

たまに意識してみて

 

 

あなたがどれだけ愛されているか

わかるから

 

 

あなたの心を癒せるのはあなただけ

心の土台を愛で満たそう。

 

 

 

 

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

あなたの思い込みを書き換えて

人生をより良くする60分のカウンセリング

1万2000円から!ZOOMなどのオンラインも可!

20分カウンセリングの無料体験 受付中!

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

カウンセリングメニューはこちら

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑