今井邦彦先生によれば英語圏の方々は語頭の[ts]を発音するのがニガテなのだそうで、それ故例えばTsunami(津波)という語に関しては殆どの人が[sʊnɑ́ːmɪ]という発音になってしまう(id est:最初の[t]が落ちてしまう)という(『ファンダメンタル音声学』 Page 59を参照せよ)。

 

 それ故にどうしても気になることが1つある。前述の本で今井邦彦先生が例示した「津波」以外にも頭で[ts]という音が入る語が日本語には多くある。その例として「綱」{Rope(IPA:[roʊp]若しくは[rəʊp])}・「月」(天体としての「月」であればMoon、暦はMonth)・「罪」(Sin)の3語をここで示すけれども、英語圏で日本語を学ぶ方々にとって語頭の[ts]が難しいならば日本語を学び始めて比較的間もないうちはこの3語について「砂」(Sand)・「鋤(スキ)」(Spade)・「隅」{Nook([nʊk])}と混同してしまう危険性が生じ得(ウ)る。あくまでも「単純に考えると」に過ぎないけれども。勿論「綱」と「砂」、「月」と「鋤」、「罪」と「隅」とは何れも異なる語なのでこれらがしっかりと区別されることが大切だが、どのようにすると英語圏の方々にとってこれらの語を区別する為の良い練習となるのかが気掛かりだ。

 

 今井邦彦先生は『ファンダメンタル音声学』の中で英語の特徴の1つとして「外来語以外に語頭で[ts]が現れない」(id est:英語に元々ある語は、[ts]という音で始まる語がない)点を述べていて、このことがもしかしたら英語圏で日本語を学習なさる方々にとって語頭の[ts]の発音が難しい原因として確かに1つ考えられなくはない。最善の方法ではないかも知れないけれども、以前の記事・「異なる語」に於いて示したように例えば「綱」と「砂」、「月」と「鋤」、「罪」と「隅」との発音の区別をペアで練習するという方法が1つ考えられ得るところ。但し、ここで例示しているモノのうち「月」と「鋤」は「ツ」と「ス」との無声化を含むので(『NHK日本語アクセント辞典』を参照せよ)「紛らわしい」と感ぜられる方がいらっしゃるかも知れない(他の2組についても似たようなことが言えるかもしれないが……)。また、このことは視点を変えて申し上げるならば例えば僕たちにとって例えばAsia([éɪʒə] アジア)という語の中にある[ʒ]の発音が難しいことに限りなく近いかも知れない(『ファンダメンタル音声学』Page 55~56を参照せよ)。

 

 まあ、外国語学習には「母語」(Mother tongue 母国語とも)にない音が苦労のタネであることが1つ言えるかも知れない。確かに僕も語中にある[ʒ]の発音は今なおニガテである。