レッドブルF1で最高の仕事をする“秘密兵器” ピエール・ワシェ | 北海熊の独り言

レッドブルF1で最高の仕事をする“秘密兵器” ピエール・ワシェ

アブダビでの最終戦を終えて集中的なシーズンが幕を閉じると、休暇のために行列を作るのはドライバーたちだけではない。オラクル・レッドブル・レーシングのフランス人テクニカル・ディレクター、ピエール・ワシェも例外ではない。彼はフランスのパン屋で食べる出来立てのペストリーと、オックスフォードにある自宅が恋しいのだ。

ワシェと同席すると、満面の笑みがこぼれる。48歳の彼はF1での仕事には真剣そのものだが、英語の達人であることをアピールするときは、自分をからかうのが好きだ。

 

彼のアクセントは、80年代から90年代にかけて放送された有名なコメディ番組『Allo Allo』に出てくるカフェのオーナー、ルネを彷彿とさせる。「よく聞いて、一度しか言いないから...」とピエールはジョークを飛ばす。

 

バイオメカニクス(生体力学)を専攻し、モータースポーツに情熱を燃やしたワシェは、フランス(ナンシーの国立ロレーヌ工科大学)とアメリカ(アトランタのジョージア工科大学)の大学を卒業後、2001年に当時F1のタイヤサプライヤーだったミシュランに入社した。BMWザウバーを経て、2013年にレッドブル・レーシングに移籍した。最初はチーフエンジニアのポジションを占め、2018年からはテクニカル・ディレクターを務めている。技術レベルでは、マスターデザイナーのエイドリアン・ニューウェイに次ぐ2番手だ。

ワシェにとって、ミルトン・キーンズにあるレッドブル・テクノロジー・キャンパスは、以前とはまったく異なる世界だった。「言うまでもなく、ミシュランはレーシングチームではなく、タイヤメーカーだ。つまり、力学がまったく異なる・ミシュランでは、製品開発、そして販売がすべてだった。中長期的なプロジェクトに多くの資金が投入された。レッドブルではレースに勝つことに主眼が置かれていて、それは非常に短期的なものだ。私は競争心が強いからF1が大好きなんだ。技術的な競争があるのは世界でもここだけだし、エンジニアにとってそれは素晴らしいことだ」

◼️フレンチベーカリー


カルチャーショックには適応期間も必要だったとワシェは認めた。「フランス人がイギリスにいるわけだから、それなりの調整が必要だ。ひとつは食べ物。我々が住んでいるオックスフォードには、本当に美しいフランスのパン屋さんがあるけど、それでも味は違う」

「イギリスの前はスイスに住んでいた。3人の子供たちはドイツ語を話していた。子供たちにとって引っ越しは大きな変化だった。私の知る限り、彼らは完全に溶け込み、流暢な英語を話すようになった。少なくとも私のような訛りはない。他国での生活は、私の場合、私生活だけでなく仕事にも大きな影響を与える。違う言語で自分を表現しようとしなければならない。特に複雑な技術的な問題について話す場合、微妙なニュアンスを伝えるのが難しくなる。それには時間がかかる」

そして、トップチームで働くことによるパフォーマンスのプレッシャーもある。

 

「レッドブルでの仕事は基本的にはザウバーやBMWとそれほど変わらないが、目標は違う。これは周囲の雰囲気や人々に影響を与える。ザウバーではいい人たちと働いていたけれど、レッドブルのようなリソースはなかった。自由に使えるもので最大限のことをしようとした。レッドブルでは理論上、必要なものはすべて揃っている。負ける言い訳はない」

 

ワシェによれば、これはプレッシャーをより大きくし、より個人的なものにしている。「少なくとも私にとってはね。私は完璧主義者だ。技術屋はとても厳しい。我々のレベルでは、手の届かない完璧さを目指すだけでなく、細部にまで注意を払うことが重要だ。それが最終的に違いを生むからだ。我々の仕事では、あるクルマが他のクルマより1%でも遅ければ、それは悪いクルマということになる。考えてみれば奇妙なことだ」

その点で、ワシェと彼のチームは約300人のエンジニアと約300人の生産担当者で構成され、健全な仕事を提供してきた。フェルスタッペンは2023年に22戦中19勝、セルジオ・ペレスは2勝。これほど支配的なチームはかつてなかった。ワシェはこの成功に驚いている。

「我々は良い仕事をした。昨シーズンだけでなく、プレシーズンテストでも、このマシンで結果を出すために全力を尽くした。ハードワークし、ベストを尽くし、義務も果たした。我々は奇跡的な治療法を発見したわけではなく、期待されたようにいいマシンを開発しただけだ。シーズンを通してどのように挽回したかを見れば、レギュレーションを最大限に活用できなかったチームもあったと思う。それには驚かされた」

 

ワシェは、RB19が良かったのか、それともマックス・フェルスタッペンが良かったのかと自問した。彼はこう主張する。「速いクルマを開発するというのはコンセプトであって、実際には存在しない。速いクルマとは、ドライバーが最大限の力を発揮できるクルマだ。その意味で、我々は失敗した。なぜなら、このクルマでうまく走れるドライバーはただひとり、この場合はマックスだけだったからだ。それがマックスの才能であり、どんな状況でもクルマから最大限の力を引き出すことができた。その一方で、チェコがRB19のポテンシャルを最大限に引き出すために何が必要なのかを、我々は明確に理解していなかった」

 

◼️ポテンシャル


「しかし、今年の成功はマックスのおかげなのか、それともマシンのおかげなのか。私は両方が必要だと思う。ドライバーの才能が高ければ高いほど、マシンのパフォーマンスも向上する。なぜなら、才能とマシンが一体となるからだ。クルマを運転しやすくすればするほど、そのポテンシャルを下げることになる。信じてほしいが、もし私がこのクルマを自分で運転したら、遅いだけでなくクラッシュしてしまっただろう」

ワシェは、エイドリアン・ニューウェイとこれほど密接に仕事ができることを光栄に思うと言う。「彼がいなければ、私はレッドブルにいなかっただろう。彼は私をここに連れてきてくれた人だ。レッドブルに来てから、私は彼から非常に多くのことを学んだ。我々が一緒に仕事をする方法は、何年もかけて進化してきた。また、彼はもうF1プロジェクトにフルタイムを割いていない。それにエイドリアンはとても負けず嫌いだ。彼は決してあきらめない。いろいろな意味で、彼は私にとってインスピレーションの源だ。特に彼がすでに達成したことを考えると、彼のモチベーションと献身は印象的だ。毎日、彼はさらに良いものを作ろうと挑戦し続けている」

 

この点で、2人はよく似ているとワシェェは考えている。悪い結果を出すと、彼は眠れなくなる。しかし、良い結果を出したときも同様だ。「私は決して眠らない」と笑う。そして 「この仕事は人生の大半を費やす。とてもいいチームと仕事をしているからね。私たちはお互いに挑戦し合っている。つまり、寝るときもまだ言われたことを考えている。そして、職場環境は前代未聞の競争的なものだ。我々は他の誰よりも良くなりたいと思っている。僕たちはドライバーではないけれど、我々にとってはこの仕事もエクストリーム・スポーツなんだ」

ワシェはテクニカル・ディレクターとしての役割に満足しているようだ。彼はスポットライトを浴びることなく、レッドブルの秘密兵器として最高の仕事をしている。「今やっている仕事は、自分が楽しめる仕事だ。楽しんでいるものがあれば、それを手放したくはないだろう」たとえそれが "アニュス・ホリビリス "だったとしてもだ。特にシーズン終盤になると、疲れがどっと出てくる。スローダウンする時間?ほんのちょっとだけ だ。

「仕事に終わりはない。2023年には多くの勝利を収めたが、2024年にもそれを成し遂げたい」とワシェは締めくくった。