普通にしていても目立ってしまうと思っているのか?

確かにそれは他人よりも大きなハンディキャップだ。

過去をふりかえるとますますそう思えてくるものだ。

しょうがない。あきらめるではすまないことだ。

そのとき優越感という妄想がわいてきて助けに入る。

何ら根拠の無い。選ばれたという妄想が頼りだ。

五感にふれるもの、その感想を表現するときがある。

ドアノブえを握る。スイッチをおす。その感触を

顧みることは少ない。日常に溶け込んでいる。

対人関係には本来このようなものを求めているのではないのか?

つまらない。反応がない。それは一時のわがままではないか?

その境界線が判断材料。

一日で一生を終える者はまわりのものが動くとは思っていない。

一日のおわりに年老いて動けなくなったとき、

まわりのものが徐々に襲いかかるときの恐怖は計り知れない。

感覚は細胞分裂の速さ故に鋭敏にできているのだ。

その短い時間での経験から終の場所を決めるしかない。

適者は残り、悔いることはないのだろう。