「やった!」「うまく回ったね!」
7月10日の午前、大阪府柏原市にある大阪教育大学では、保育学ゼミの授業中に学生たちの楽しそうな声が響いていました。
この日は、3年生6人が参加するゼミで、コマ遊びを体験する実習が行われ、講師を務めた男性が実演を披露した場面での一コマです。
このゼミを担当しているのは、大阪教育大学の小崎恭弘教授(57)です。
小崎教授は少し珍しい経歴を持っており、1991年に兵庫県西宮市で「男性保母」として勤務を始めた初めての人物です。
その後は、3人の子どもの子育てと保育士としての仕事を両立させながら大学院にも通い、20年以上にわたり「父親による育児支援」を専門に研究してきました。
現在は、NPO法人ファザーリング・ジャパン(FJ)の顧問としても活動を続けています。
(※2025年7月24日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)  


名もなき父親支援に「ことば」を・・・育児を担う父への新たな視点


男性の育児参加をテーマとする研究はこれまで非常に限られており、小崎恭弘さんはまず、欧州委員会(EC)の先進的な事例を翻訳することから取り組みを始めました。
「これまでは、育児は母親が担うものという前提が根強く、父親が当事者として見なされることはほとんどありませんでした。『父親による育児』という概念そのものが存在していなかったのです」と語ります。
研究やNPO法人ファザーリング・ジャパン(FJ)での活動を通じて、小崎さんは共働き家庭の増加により男性を取り巻く育児環境が変化する一方で、依然として従来型の働き方を求められ、葛藤を抱える父親や、そうした家庭を支援しようと模索している自治体職員と数多く向き合ってきました。
2024年1月には、国の補助を受けた研究班の一員として、自治体職員向けに父親支援のためのマニュアルを作成し、公開しました。
このマニュアルでは、10代の妊婦など支援が必要とされる「特定妊婦」という概念にならい、「特定の支援を必要とする父親」についても新たに記述しています。
「これまで名前のついていなかった状況に、言葉を与えて概念化していくのが自分の役割です。『特定父親』という言葉もその一つです」と小崎さんは説明します。
さらに、小崎さんは各地の自治体が実施する父親向けプログラムを調査する中で、多くの取り組みが「料理をする」「遊ぶ」といった一時的な関わりにとどまり、父親を“お客さん”扱いにしているものが多いと指摘します。
「父親が育児の主体となるためには、働き方の見直しや夫婦間のパートナーシップの学びが欠かせません」と強調しています。


父親像を問い直す学びこそ教育現場に求められる新たな視点


大学で担当している授業では、光る泥団子づくりの体験から、父親の描かれ方を分析する研究まで、幅広いテーマが取り上げられています。
たとえば、父親を主人公にした絵本約100冊を題材に、「厳格さ」や「不在」といった社会的に形成された父親像と、実際の父親との間にあるギャップを考察する学生もいます。
卒業論文や修士論文では、「父子手帳」や「専業主夫」など、父親支援に関連するテーマを選ぶケースが多いそうです。
卒業生のおよそ60%は教員としての道を選んでおり、学生に対しては、保護者との関わりにおいても父親に目を向ける視点を持つことを期待しています。
「子どもたちには、性別に関係なく育児に携わることの意義と、実際の取り組み方について伝えてほしい」と語っています。


子育てと性別役割を見つめ直す学生たち、気づきから始まる意識の変化


大阪教育大学に通う3年生の小杉さくらさん(21)は、授業を受ける中で自身の意識に変化があったと語ります。
「子育ては男女どちらも関わるものだと思っていましたが、実際には母親が中心になるという思い込みが自分の中にあったことに気づきました」と話しています。
1年生で保育学を履修している中川雄策さん(19)も、
「父親から育児について詳しく聞いたことがなく、友人ともその話題になることはほとんどありません。だからこそ、こうした授業はとても新鮮で貴重です」
と述べます。また、
「育児の良い面だけでなく、男性の産後うつといったネガティブな側面にも触れることで、より現実的に理解できます。子育てを女性だけの責任にするべきではないと実感しました」
と話しています。
なお、授業の中でコマ遊びの実習を担当した講師、神戸市立六甲道児童館の館長・金坂尚人さん(45)も、小崎教授のゼミの卒業生です。
男性が少ない子ども支援の現場で、孤立感や不安を覚えることもあったそうですが、「自分より少し先を歩いているロールモデルの存在が、心の支えになっています」と振り返っています。


父親支援で目指す未来はつながりと共感が生む男性の幸福


小崎恭弘さんは、現場で得られる実践的な知見と学術的な理論とを結びつける「架け橋」となることを目指して活動を続けています。
年間で約60件の講演に登壇し、自治体職員向けの父親支援研修などにも積極的に参加しながら、全国を飛び回っています。
「もちろん研究や理論も重要ですが、同じくらい現場で得られる感覚的な知恵――たとえば、迷いや戸惑い、あるいは喜びといった、言葉にしにくい感情にも耳を傾けたいと思っています」と、小崎さんは語ります。
ここ数年、彼が特に関心を寄せているのは「男性の孤立」という課題です。
社会からは常に成果や効率を求められ、自分自身の幸福や心の余裕を後回しにしてきた男性が多いことに気づいたと言います。
そんな男性たちが、育児を通じて他者とつながり、支え合えるような社会のあり方を模索しています。
「たとえば、おむつを替えた瞬間に排泄してしまう子どもは、効率や合理性とは対極にある存在です。でも、そういう育児の中で、人と関わることの意味や、共感する力を自然と学ぶことができるのです。そして、男性自身が『自分も幸せになっていい』と思える社会が、その先に広がっているのではないでしょうか」
と小崎さんは展望を語ります。