リサイタル終わりました、っていってからバタバタ、パタパタとあっというまに12日が過ぎました。その間いろいろな場所へいき、いろいろな人と会い、まだたくさんあって話したい人もいて、もう1ヶ月くらい過ぎたような感覚です。
お茶を飲むこと、部屋を片付けること、電車にゆられること、目の前の人と話すこと、歩くこと、寝ること、考えること。。。一つ一つに向き合って、時間はゆっくり流れてはいるんだけれど、気づいたら一日が終わっています。
いそがしいといって、次の予定、次の予定といそぐあまり、「いま」目の前の人や、事柄や、感覚から意識が留守になることのないように。だから、ゆっくりだけど、気づいたら終わってる一日。
今回のリサイタルへの思いに、空間というイメージがありました。
単純に曲の発表や披露の場ではない。(ええ、疲労はしました)
なにか、ある世界観のようなものをもった空間として、音とともにそこにあること。共有するということ。
なかには「気持ちよく寝ちゃったよ~~っ」ていう友達も何人かいたんだけど、それはその人らしい、その空間での在り方。みんながそれぞれの在り方で在って、共有している空間というのが、面白いなと思いました。そんな空間時間に少しでもなっていたのなら嬉しいです。今後もそういうふうに続けていきたいと思いました。
いろいろな方から嬉しい言葉も親身なる言葉もいただいたり、ブログで紹介いただいたり。意外だったのが今回はショパンがよかったという声。
自分にとって正直ショパンは鬼門といいますか、苦手だったけどあえてセレクトしました。いわゆるスタイルであったり、あとショパンは独特のタッチやピアニズム(って日本語に訳したらどうなる??)に、なんともいえない難しさがあるとずっと思っていましたし、いまでも思います。
だけど、今回は、んなことはもういい!と思って。
それはショパンのスタイルじゃないといわれようが、自分の感じるように弾けばいいやん。ポゴレリッチだって、はちゃめちゃやけど、唯我独尊、いけてるやん。スタイルやアカデミズムがなんであれ、あとは自分を自由にしてやったほうが、きっとそこには説得力がある。。。そんな感じでした。
アンコールで弾いた自作の曲も好評でした。中津江の雨。CDないのって言われましたけど、あるのは当日の録音だけ。YOUTUBEにカルテット&歌バージョンはupされてます。
中津江の雨http://www.youtube.com/watch?v=KiybryPzHaM
また、場所を変えて、趣向もちと変えて、再演したいなと思ってます。さ、練習、せな。弾き続けることが本当に大事だと改めて思いました。身体とメンタルをいつも起こしておくということです。時間管理がうまくなりたーい。
ところでわたし写真を一枚も撮っていないのですが。どなたか送ってくださ~い。
~ 光の音 闇の音 ~
光と闇
両極でありながら
いつも同時に存在するもの
コインの表と裏のようだけれど
表も裏もひとつに溶け合って
その境界線はない
昼と夜 過去と未来 他者と自分 生と死
あらゆるものの境界は消えて
大きなひとつになっていく




