>ニューズウィーク日本版 >2026年のあるべき皇位継承とは? 天皇が日本社会の伝統と「本質」を象徴する存在であり続けるために >グレン・カールによるストーリー・ >5時間・
><日本の皇位継承問題は、表面的にはジェンダーの議論に見える。しかし、問題はもっと根深い>
>日本で続く皇位継承論議は、表面的にはジェンダーの問題、つまり、皇位継承を男系男子に限定することの是非をめぐる議論に見えるかもしれない。
>しかし、問題はもっと深い。
>天皇はどのような社会を体現しているのか、日本の文明の「本質」とは何か、日本はどのような社会なのか、どのような社会であるべきなのかという点が問われている。
>旧宮家男系男子の皇族復帰などにより男系男子継承を維持することを目指す動きは、日本の歴史的・文化的な「本質」の連続性を保持しようとする試みと言えるだろう。
そうですね。日本人には現実があって、非現実がない。だから、現実肯定主義者になっている。日本語文法には時制 (tense) というものがない。だから現実があって世界観がない。
>一方、男系男子限定の皇位継承制度を変更すれば、日本社会の「本質」が既に変わっていて、今後も変わらざるを得ないという現実を、皇室に体現させることになる。
そうですね。しかし日本人は無哲学・能天気ですから、その変化につかみどころがないですね。
>この議論に結論を出す上で決定的な要素は、今が2026年であり、初代天皇の神武天皇が即位したとされる紀元前660年ではない、という事実だ。
>日本の天皇制は、ほかの全ての君主制と同様、現代とはまるで別世界だった時代に確立された。
>当時の社会は、徳や役割、権威との近さを軸に組織された社会だった。
>階級の序列が当たり前に存在し、個人の役割は恒久的に固定されていて、個人は生来の権利も主体性も持っていなかった。
>男性は女性より上位の存在であり、臣民の存在理由は国家に奉仕することにあった。
そうですね。
>君主の地位の継承を男子に限定するのは、前近代の父権社会で典型的なパターンだが、日本の皇室の父権制の独特な点は神話との結び付きにある。
>男系男子による皇位継承は、天皇を中心とする神話的秩序の一部なのだ。
>ヨーロッパの王室が性別を問わない継承制度へ近代化できたのは、王室の正統性の基盤が主として政治的なものだったからだ。
>それに比べて、日本の皇室の正統性の基盤は、ずっと神話的な性格が強かった。
日本人は無哲学・能天気ですからノンポリですね。政治的基盤がない。
>皇位継承問題の解決策は明白
>とはいえ、人類の歴史で起きた2つの大きな変化は無視できない。
>1つの変化は、権利と主体性を持つ近代的個人の登場。
>もう1つの変化は、そうした個人に奉仕するための近代的国家の出現である。
そうですね。
>この500年間、合理主義の浸透と個人の地位向上を通じてこうした変化が起き、世襲的な階層秩序は崩壊した。
日本人の無哲学・能天気は合理主義の外にある。
>そして日本では、天皇の神聖な権威や旧来の皇位継承の在り方と、天皇が体現すべきと考えられている社会の在り方が乖離し始めた。
>今日、カメの甲羅を火であぶり、ヒビの入り方で吉凶を占う「亀卜(きぼく)」を本気で信じている人はまずいないだろう。
>日本の社会および天皇制が近代的な合理主義より天皇の神話的権威を、個人の能力や努力より家系を、民主的な社会や政治より厳格な身分秩序を体現すべきだと考える日本人も、今ではほとんどいない。
そうですね。
>しかし、天皇が日本国民の統合の象徴として機能し続けていることも事実だ。
そうですね。日本人には序列メンタリィティがありますからね。自己の序列系列に対する帰属意識が強いですね。これは自己が確立していないためでしょう。日本人は無哲学・能天気ですからね。
>天皇は日本の永続的な価値観、日本の文化と精神性の「本質」を体現している。
そうですね。天皇は現実肯定主義の表れそのものですね。
>現在も国民の皇室に対する好感度は非常に高い。
>皇室の在り方を変えれば重要なものが失われるのではないかと感じている人が多い。
そうですね。日本人は現実肯定主義ですからね。
>その一方で、世論調査によれば、69%の人は、女性の皇位継承を可能にする法改正に賛成している。
>天皇の本質的な役割は日本社会を体現することであり、その役割に関して性別などの属性は関係ない、ということなのだろう。
日本人は歌詠みの本質を体現していますね。日本人の歌には意味がない。つまり常に理屈を超えている。
>皇位継承問題の解決策は明白に思える。
それは早計ですね。
>天皇の役割に天皇の性別は関係ないと認識すれば、天皇は日本社会の伝統と「本質」──今日の日本社会の「本質」──を象徴する存在であり続けられるだろう。
そうですね。理屈を入れればそういうことになりますね。
だが日本人はそうはゆかない。日本人は現実肯定主義だからです。理屈と議論には縁がない。日本人には現実 (事実) があって・非現実 (考え・哲学) がない。これが日本人の難しいところです。