小池晃氏   | nogaのブログ

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>産経新聞   >「悔しさ、いかばかりか」共産小池氏、辺野古転覆死の女子生徒へ 船長の責任は「当局で」   >1週   

>共産党の小池晃書記局長は23日の記者会見で、沖縄県名護市の辺野古沖で平和学習中の船2隻が転覆した事故で亡くなった同志社国際高(京都)2年の女子生徒(17)に対し、「特に平和学習で沖縄の歴史をずっと学んできた。    

>いろいろな思いをもって沖縄に来て、辺野古の海に出かけて、命を落としてしまった。    

 

転覆は操船技術の問題ですね。   

 

>本人の悔しさ、ご家族の苦しみはいかばかりか」と語った。   

 

そうですね。歌詠みで終わらせるわけには行けませんね。   

 

>真相究明されるべき    

>その上で、亡くなった船長の男性(71)を合わせた2人の犠牲者について、「本当に痛ましいこと。    

>心から哀悼の意を表したい」と述べた。    

2隻は、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の辺野古移設工事に海上で抗議する目的で使われていた。    

>抗議船の数は限られており、小池氏も平和丸に乗船した経験があるという。    

>当時を「特に危険性は感じなかった」と振り返った。   

 

船の安全性は天候に左右されることが多いですね。小池氏はラッキーでしたね。      

 

>死亡した女子生徒が乗船した抗議船「平和丸」の船長の責任について問われると、小池氏は「事故の真相解明はきちんとされるべきだ。   

 

そうですね。船の安全は船長の責任ではないですか。   

 

>それは当局がいま行っていると思う。    

>そこに委ねたい」と語った。   

>(奥原慎平)   

 

日本人には意思がない。意思のない人間には責任もない。責任の無い人には、信頼も得られない。信無くば立たず。(政治というものは (民衆) の信頼無くして成り立つものではない。) [論語・顔淵]  

たとえば【英対する開戦の詔勅】では

洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ

(まことにやむをえざるものあり。あにちんがこころざしならんや。)

開戦はまことにやむをえないことで、私の本意ではない。   

となる。  

天皇の意思でなければ一体誰の本意で我が国の意思決定が為されたのでしょうか。  

 

責任という日本語には「応答の義務を負う=レスポンシビリテイ・責任」という意味は全くないのみならず、「私の責任だ」といえば逆に「応答の義務がなくなる」のです。 (日本教について イザヤ・ベンダサン=山本七平訳)  

昭和天皇は戦争犯罪人に成らなかった。これも天皇がマッカーサ元帥に ‘私に責任があります’ といったからではなかろうか。日本人の習慣がアメリカ人に通じたのかもしれない。      

いや、‘王は王を殺さない’ 敗戦の王は交渉相手として温存される。さすれば鬼畜米英は向米一辺倒に変わる。   

 

日本人には責任がない。だから昔から責任者を名指しすることが難しかった。一旦事が起これば、責任者捜しのために騒ぎが起こる。日本残酷物語の様な騒ぎになることもある。

肥田喜左衛門の著した <下田の歴史と史跡> には、責任に関する下のような事柄が記されています。

徳川5代将軍の治世、佐土原藩の御手船・日向丸は、江戸城西本丸の普請用として献上の栂 (つが) 材を積んで江戸に向かった。遠州灘で台風のため遭難、家臣の宰領達は自ら責を負って船と船員達を助けようと決意し、やむをえず御用材を海に投げ捨て、危うく船は転覆を免れ、下田港に漂着した。島津家の宰領河越太兵衛、河越久兵衛、成田小左衛は荷打ちの責を負い切腹する。これを知って船頭の権三郎も追腹を切り、ついで乗員の一同も、生きて帰るわけにはいかないと全員腹をかき切って果てた。この中には僅か15歳の見習い乗子も加わっている。鮮血に染まった真紅の遺体がつぎつぎに陸揚げされたときは、町の人々も顔色を失ったという。16人の遺体は、下田奉行所によって大安寺裏山で火葬され、同寺に手厚く葬られた。遺族の人たちにはこの切腹に免じて咎めはなかったが、切腹した乗組員の死後の帰葬は許されなかった。(引用終り) 

 

日本人には意思がない。しかし恣意 (私意・我儘・身勝手) がある。意思決定 (理性判断) の必要なところで恣意決定 (盲目の判断) を行うことになる。これはきわめて危険な行為である。  

阿呆は戦争大好きで亡国の精神の持ち主である。「戦は時の運」とか「戦うも亡国、戦わざるも亡国、戦わずして破るるは、国民の魂も失う真の亡国なり」という言葉があって、わかっちゃいるけどやめられない。ア ホレ スイスイ  、、、、、、、、

 

日本人は無哲学・能天気であって、変わり身の早さで勝負をしようとしている。  

‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’ (あるアメリカの国務長官)   

 

マッカーサ元帥は1951年5月5日の上院合同委員会で日本人を以下のように評していました。  

‘もしアングロ・サクソンが人間としての発達という点で、科学とか芸術とか文化において、まあ45歳であるとすれば、ドイツ人もまったく同じくらいでした。しかし日本人は、時間的には古くからいる人々なのですが、指導を受けるべき状態にありました。近代文明の尺度で測れば、我々が45歳で、成熟した年齢であるのに比べると、12歳の少年といったところ like a boy of twelve でしょう。 

指導を受ける時期というのはどこでもそうですが、日本人は新しい模範とか新しい考え方を受け入れやすかった。あそこでは、基本になる考えを植え付けることができます。日本人は、まだ生まれたばかりの、柔軟で、新しい考え方を受け入れることができる状態に近かったのです。’ (ジョン・ダワー 増補版 敗北を抱きしめて )  

マ元帥の発言はどの駐日大使のものよりも率直でしたね。外交辞令がない。彼は知日派の人であった。だが、日本人は彼が考えるような知恵遅れの民族ではない。日本語文法には時制 (tense) というものが無いのである。待てど暮らせど非現実 (考え・哲学) を搭載する構文は日本人の口からは出て来ない。つまり自己の考えの内容が出て来ない。これが英米人と違う所である。