まさに今の教育への挑戦状といえる一冊。
“天才”という言葉に、渋沢栄一先生の『論語と算盤』が思い浮かびました。
『論語と算盤』の「教育と情諠」(第9章)に「昔は少数でも宜いから、偉い者を出すという天才教育であったが、今は多数の者を平均して啓発するという、常識的教育になっているのである」とあり、さらには「遺憾ながらその精神をその精神を誤ったので、遂に現在のごとく中流以上の人物の供給過剰を見るの結果を齎した
のである」と書かれています。
そして、渋沢先生は、常識的な教育は目的をもたない漠然とした学問のために学問であり、それは、その人の将来を誤るだけでなく、国家元気の衰退の元になると言っています。
このことは現在にも通じるものがあるように思えてなりません。
「みんな仲良く」「お手々を繋いで歩きましょう」
一時、駆けっこでの順位をつけないことが良いとされたこともありました。
天下泰平。.平和な世の中ではそれでもよかったかもしれません。
しかしながら、今は天下泰平ではありません。それは今回のコロナ禍の以前から表面化してきていたことであり、コロナはその変化の象徴的な出来事にすぎません。
国家が元気になるためには、渋沢先生の言われる“天才教育”が必要なのです。
(渋沢先生のいう“天才”とは単に頭の良いということではなく“義利合一”。道徳と経営をバランスよく成す者のこと)
前置きがかなり長くなりましたが…
この本『天才キッズ式 最高の教育』では、「すべての子どもが天才だ」だという考えのもと、経営する保育園で実践されているひとりひとりの子どもたちの天才としての可能性を引き出し伸ばす教育法が書かれています。
しかしながら、百人一首、九九…そこには文科省が定めた(右向け右の“常識的教育”のための)教育カリキュラムの進行度合いにそぐわない。言い換えれば今の教育現場では都合の悪い内容が書かれています。
そういう意味において、この本は今の教育に対する挑戦状でもあります。
「教育において大切なことは“まずは大人が楽しむ”こと」とおわりにも書かれていますが、親であり大人である私たちはその挑戦に対して真摯に受け止めなければなりません。
それが自分たちの明るい未来につながるのです。
私のコロナ対策は“ゼオライトと水素”
いまなぜ“水素”なのか?“水素”の特徴
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