池袋暴走事故。
飯塚幸三被告が、車の異常を理由に無罪を主張したそうですね。
私が弁護人だとしても、その方向を考えたかもしれません。
ただ、それはあくまでも“法”での話であって、たとえ無罪になったとしても人として許されることではありません。
しかし、私は社会的にもここはあえて感情論を抜きにして、量刑以上に考えなければいけないことがあると思っています。
それは、以前にも書きましたが、プリウスの暴走がほかにも起きているという事実です。
大量に売れているからプリウスの暴走だけが多いわけではないという論調もありますが、この場合、多い少ないは問題ではありません。
なぜ、プリウスの暴走が起きるのか?
そこには高齢者による単純な操作ミスだけではない可能性も否定できません。
ガソリンによるエンジン車と電気によるモーター車は似て非なるものです。
少なくても運転中の音や振動、加速などによる体感が違います。
例えば、その差に対応しきれなくて、慌てて操作ミスを(特に高齢者が)してしまうのだとしたら、それは高齢者が操作ミスを起こしやすい車ということであり、ひとつの要因になります。
もちろん。技術的な欠陥ではありませんので、メーカーが対応する義務はありません。
しかし、高齢化という社会的な意義を考えれば対応する必要がでてきます。
飯塚被告が無罪を主張したことによって、この点があらためて調べられることになります。
私は飯塚被告を擁護するつもりはありませんし、結果、相応の量刑が下ると思っています。
しかしながら、今回のような痛ましい事故を繰り返さないためにも、ここは感情論を抜きにして、徹底して調べていただきたい。
そして、それこそが無謀とも思える無罪主張の意義だと思っています。
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