前回は、診療の実態についてお話しましたが、今回は、どうしてこのような診察になってしまうのか、
このような診察が交通事故被害者にとってどのような不利益をもたらすのか、
についてお話します。
十分な診察がされない背景事情はいろいろと考えられますが、
まず、現在の医師は、画像や検査に頼りすぎているという点があげられます。
次に、大規模な病院では、一人あたりの診察に充てられる時間が短く(俗にいう3分間診療)、
短時間で、丁寧な問診、視診、触診、徒手検査、患者への説明をすることなど不可能という点です。
そのほか、診療報酬の点で、手間暇のかかる神経学的な検査をして所見を得るよりも、
レントゲン等の画像診断の方が、費用対効果に優れている等が指摘されています。
以上の指摘に対しては、臨床医からは、実際の必要性や医療現場の実情の観点から、
「診察室まで徒歩で来れ、意識障害もないならば時間をかけて慎重に診察するほどのケガはしてない」
「神経学的テストをやっても陰性であり、時間の無駄である」
「実際に神経症状がでてから診察・検査すればそれで足りる」
「今も『待たされすぎ』とのクレームが出ているのであり、さらに待機時間が長くなる」
等の意見もあり、確かに一面の真理をついている部分もあります。
しかし、被害者が不利益を被ることが現実にあります。
骨折や変形、運動麻痺など一部の症状を除き、交通事故による受傷の大半が、
頭痛、知覚異常、徒手筋力の低下、しびれといった症状であり、
画像検査では判然としない『みえにくい障害』の部類に属するケースが圧倒的に多いのですが、
そのような場合に、神経学的な検査もろくにされず、十分な問診や触診すらもしていないと、
診断書やカルテにはほとんどなにも記載されていないことになります。
とすると事故によってどのような症状があったのかということすら証明できないことになってしまいます。
結局、被害者は泣き寝入りを強いられる結果となるのです。
とはいえ、一朝一夕で診察の実情を変えることができないのも事実です。
では、短時間での診察という避けられない現実の中で、どのようにすればいいのでしょうか。
次回はその点についてお話します。