「ライオンズ・西鉄・大鵬・目玉焼き」 -114ページ目

「ライオンズ・西鉄・大鵬・目玉焼き」

西鉄ライオンズからの歴史を大切にしたい、小学校時代からの長ーいライオンズファン。ライオンズを中心とした野球談義が好み。
野球を介して社会問題も考える。

福原愛ちゃんのニュースの直後が

都議選の「民進党」だったんだけど、

それが「妊娠党」って聞こえたのは、、

わたしだけぇ?、、

 

まだ子供のimageしかない愛ちゃんが

子供を産むなんてねえ、、

そんなに時が経ったのかしら

 

それにしても、、

昔は、うら若き女性が妊娠した、、と、

自ら公表する様な風潮はこの日本にはなかったんだけど、、

まあ、恥ずかしがる必要はないんだろうけど、

昔は恥ずかしがってたよね

嬉しさを隠しつつ、下なんか向いたりしてさ、、

 

まあ、記者の前に出なくとも、

今はネットで発表できる時代だから皆さん

ポンポンと発表なさる

 

私は個人的には、ああいうのは人から聞かれたら

答える程度でいいと思うし、

産まれた時でもいいんだけどね、、

俺は古いんだろう、、、きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「沖縄」から連想されるものは、、♪さとうきび畑♪

♪ざわわ、ざわわ、ざわわ、、♪から始まるあの歌。

♪むかし海の向こうからいくさがやってきた、、♪という歌詞、、、

 まだ若かりし時にnhkのみんなの歌だったかで、聞いたのが最初。

以来、ずっと心に残っている曲。寺島尚彦の作。

 

戦後、GHQの協力もあって実現した日本の「プロ野球」。

GHQはアメリカの国技であったプロ野球が戦後日本に普及する事に協力的だった。野球場の使用許可もGHQの合意が無ければ出来なかった。日本の大人も子供もプロ野球に熱中した。赤バットの川上、青バットの大下。

 

戦後、最初に沖縄で開催されたプロ野球は1961年(昭和36年)5月20日と21日の「西鉄ライオンズvs東映フライヤーズ」。昭和33年に西鉄の奇跡の3連覇があってから3年後という事になる。

球場が今日と同じ、改装前の奥部山野球場だとは知らなかった。今のプロ野球で50年以上前の昭和36年当時と同じ球場で試合やってる球団は、阪神の甲子園球場と改装前の埼玉の大宮球場ぐらいかな。

特に、昭和36年の沖縄はまだアメリカの統治下。パスポートが要る時代。よくやってくれたなあ、、、当時の関係者、、偉い。

 

その試合のスタメンを見ると、懐かしい名前がずらりです。

東映フライヤーズ:

毒島(後にライオンズでコーチとスカウトやりましたっけ?)

ラドラ・西園寺・張本・吉田・山本八郎、、、

西鉄ライオンズ:

高倉・花井・田中久・豊田・関口・中西・仰木・和田・若生。

ああ、懐かしくて、、あの頃に戻りたい。。

 

今日の試合中、空を軍用機?みたいなのが飛行して行きましたね。。

沖縄は未だ戦争に巻き込まれている、、”平和の象徴”プロ野球が行われているその空を軍用機が飛んで行く、、、。まあ本土でも、無い光景ではないですけどね。。

 

沖縄にはまだアメリカ軍の基地が沢山あるんでしょうね。

実際目にしてないので実感は沖縄の人ほどはないですが、私も子供の頃、福岡の東区名香野の道路の向こう側にアメリカの進駐軍基地がありました。よく覚えています。アメリカの兵隊さんからガムを貰った事もある。”サンキュウー”も何も言えなかった、、、まだ10才にもなっていない頃。

 

大学を出て働き出す前後、今の福岡空港を板付と言ってた頃、ミリタリーの家に英会話を勉強しに行ってた事がある。軍人さん本人じゃなくて、その奥さんに習ってた。小さくて可愛かった女の子、レモミちゃん、、なんで名前覚えてんだろう、、、今はもう50才ぐらいになってる計算になる。。PXにも連れて行ってもらって、何でも色んな物があるんだと、、ビックリしたのを覚えている。基地の中に映画館もあって、そこで映画も観た。但し、当たり前だけど和訳スーパーなしの英語だけなので、全く分からないままだった。最初に”ladies and gentlemen, our national anthem" とアナウンスがあって、全員が起立した光景を覚えている。

 

沖縄の人々が軍事基地がある事が嫌ならば、本土の方に移転してもらって私は結構なのだけど、、。ここ福岡・博多に来てもらって結構。

余り分散すると非効率的になるのかも知れないけど、来てもらって構わない。ミリタリーの家族と交流して生の英語が身に着く利点もある。

 

まあ、、今日の沖縄でのプロ野球開催で色々と考えさせられましたけど、戦後の平和の象徴であるプロ野球が今日、沖縄で開催された意義を考え、今後ともより多くの沖縄での試合開催を望みたいと思います。

 

 

去年と同じく、交流戦終盤の2カードは締まらない負け越しでした。

な~んとなくリードされて、な~んとなく同点になって、

な~んとなく、負けたという感じでしたかねー。

 

締まりのない負け方という印象は、恐らく、

エラー絡みとか、捕手の2塁への悪送球で1点とか、攻撃では牽制されて盗塁死みないなのが昨日も今日もあって、何やってんのか分からない、、みたいな。

辻監督、この4日間のどこかでもう一度チームを締め直さないと、ちょっと緩んでますよ。

 

初回浅村の2塁打で先制した後の、1アウト、2,3塁のチャンスで、おかわりの三振。。この内容が誠によろしくなかった。

One boundになる、ボールと分かる球を振っての空振り三振。

ストライクを打たず、ボールに手を出しての三振。

まだ1勝もしてない1年生投手相手に、何やってんだ。。

一番腹の立つ三振の仕方。

何度も何度も同じ失敗を繰り返すって、、プロとして研究心が欠けている。三振してベンチに戻る時の表情もねえ、、見慣れてるとは言え、、腹立つ。おかわりはああいうもんだ、仕方ないとは思いたくない。ハムの中田とは違うという所を我々に見せて欲しい。

 

リリーバーの疲労が感じられるので、4日間の休み、有効に。

 

 

 

 

しょぼい試合だったこと

 

2回の相手ピッチャー、バルデスの三振振り逃げの1点

これで士気が下がりました

佐野のアクシデントよりも

 

投手って、初めてやるマウンドだった場合、事前に投球練習なんてしないんだろうか? マウンドが合わなかったという話を時々聞くけど、そんなのプロとして準備不足なだけじゃないだろうか

 

まあ色々、失敗や、ついてない事、ありましたけど、しょぼい試合でした

 こうなったからには、明日勝って、実力を確かめる必要があります。

 

 

 

 

予定通り、菊池が投げてリリーバーを休ませての勝利。

今年の菊池、シーズン通してこの状態をkeep出来ればいいのですが、、まだ故障の心配がない訳ではありません。過去に何度かやってますからね、、、。そういうのが無ければ、15勝ですね。

 

心配していた3番秋山が爆発しました。強くコンタクトしたボールがスタンドに入ってしまう。そういうHRですから、それによる打撃の狂いみたいな事は起こらないでしょう。

 

浅村は得点差がある時は集中して打つ気、ないんだね。

おかわり、、やはり脇腹とかまだ故障してる様ですね。4回のあの犠牲フライはHRになってないとおかしい。あれがフェンス前で落ちて来るというのは本来の彼ではありません。

 

中日の森監督が小笠原を教育してましたね。

7回、8回も続投させて1番から6番まで連続して抑えたのは後に活きるでしょう。ただ、あの回、こっちも集中して点を獲ろうと思って打席に入ってたかどうかは分からない。

 

小笠原は2年前のドラ1だね。でも19才にしては太り過ぎに見えた。

セット長いし、動作は緩いし、若々しさが無くてなんか、好感持てなかった。imageとしは、大相撲の逸ノ城が投げているみたいだった。

もっとキビキビ、若者らしくあって欲しい。

 

中日には何人もライオンズつながりがいるんですね。

監督、コーチで5人?

土井さんが打撃コーチ?ま、セ・リーグだからいいけど。

あのデビュー戦で読売相手に"NO-NO"をやった近藤真市が一軍でコーチをしてる。あれはそんな昔だったっけ。

奈良原、友利、高山、コーチそれぞれ、頑張って下さい。