ソフトバンク26年ぶり大阪主催試合飾る 南海時代の1988年以来(記事) | 「ライオンズ・西鉄・大鵬・目玉焼き」

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西鉄ライオンズからの歴史を大切にしたい、小学校時代からの長ーいライオンズファン。ライオンズを中心とした野球談義が好み。
野球を介して社会問題も考える。

そんなに昔か。。。

「西鉄ライオンズ」の縄張りである博多に、宿敵なにわの「南海ホークス」が「ダイエー」と名前を変えて来たのは。

「ダイエー」の時は下位チームで弱くて、本当によかったのに、時間が経った今はソフトバンクの金の力もあって強くなってしまった。

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昨日の大阪での試合、スタンド全体が「赤」で染まる中、南海ホークス時代の「緑」のユニで観戦しているファンもいた。

おいらが「西鉄ライオンズ」の稲尾の24番のユニを着て、ヤフオク・ドームで「ライオンズ」を応援するのと同じ。

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「西鉄」から捨てられた「ライオンズ」が博多からいなくなったのが、1978年のシーズン終了後。

その後、10年経って、なにわの「ホークス」が、「南海」から捨てられて博多に下って来た。。

嘗てパ・リーグの看板ゲームで、優勝を競っていた両チームが、共に親会社から捨てられて、それでも「ライオンズ」と「ホークス」の名を保って、別の地で生きている。

悲・哀・激・怒・涙・諦、、いろいろ。。

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おいらはずっと同じ気持ち。
「ライオンズ」も「ホークス」もどちらも、今は「旅」に出てると思っている。
おいらが生きているうちに、「ライオンズ」はきっと博多に戻って来てくれる。

だから、「ホークス」は、大阪の球場でもあんなに沢山のお客が入っているんだし、なにわに戻ってあげなさい。間寛平もよろこぶよ。

あの頃、昭和30年代、強かった「南海ホークス」のファンだった少年たちがまだ生きているうちに。。