水原巨人は何故、西鉄に3連敗したか | 「ライオンズ・西鉄・大鵬・目玉焼き」

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西鉄ライオンズからの歴史を大切にしたい、小学校時代からの長ーいライオンズファン。ライオンズを中心とした野球談義が好み。
野球を介して社会問題も考える。

勿論、遠い昔、1956-1958年の「西鉄-巨人」の日本シリーズの事です。


小野俊哉著「プロ野球 強すぎるチーム 弱すぎるチーム」によると、答えは簡単。

それは、最後まで稲尾を攻略できなかったからです。


そんな事は分かっています。この本には言葉の説明と共に、色んな事を数字で説明してあるんですが、どうもそれをいちいち見て比べて納得するのに時間がかかって、年を取るとイヤですね。。もっと簡単に喜ばせて欲しかった。


それより、この本で知った、その頃の巨人の面白い体質があります。


当時は球団にコーチが不在であった。また、川上によると、入団の時の契約で、「他選手に技術を教えてはいけない」とされていたそうです。

昔のプロ野球は自分の技術は自分で努力して磨くものだった。。


監督の水原が打撃についてアドバイスしようにも、千葉茂は「2割4分の打者が黙っとれ!」と指導を拒絶したそうです。*千葉さんの生涯打率は2割8分4厘、、4分差でしかないんですけどね(^ ^)


当時の巨人にはコーチが本当にいなかったのか、知りませんけど、昔とは言え、変な体質ですね。


西鉄なんかはそんな事はなかったですよね。

例えば、上手投げの島原が芽が出ずに悩んでいた時、コーチの石本爺さんが「あんたダメじゃ。もう荷物まとめて帰りんさい。でもその前にちょっと試しに横から投げてみんさい」とアドバイスした。

言われるまま、島原が投げてみたら、凄い威力のある球が行って、それまでの4年間、0勝、4勝、3勝、2勝しかなかったのが、1956年から、25勝、13勝、11勝、12勝と挙げてエースの一人になって行くんですから、コーチのアドバイスは大事ですよね。

自分の実力は大したことないけど、人に教えるのは上手いって人、沢山いますから。


あの頃の巨人、、コーチがいなかったって、、本当かな?

それで稲尾に勝てるわけ、なかろうに ( ´艸`)