

前に読んだ、森山真二著「わが青春の平和台」の中に、この人の事も少し書いてありました。
平和台球場がテーマで、殆ど西鉄ライオンズの選手だった人の話が書いてある本に、敵だった「南海ホークス」の投手が出てくるところが、両チームの歴史を物語っている。。
山内孝徳が投げていたのは1981年から92年までの12年間。TVで何度か観ていましたけど、背が低くて、口ひげをはやして、これと云って凄いボールはなく、特徴のない投手だったimageがある。しかし、九州熊本出身、お百姓さんだったのか、通算ぴったり100勝(^ ^)しているのはあの身体では立派。
平和台からライオンズが去ったのが1978年の終わり。南海ホークスはまだ大阪でやっていた。
その南海ホークスも1988年を最期に「ダイエー」に身売りされ、1989年から福岡を本拠地として試合をする様になった。
その10年の間、平和台球場を本拠地とするチームはなく、たまに平和台に西武ライオンズが来ると、福岡のプロ野球ファンは殆ど、彼らライオンズを応援していましたけど、1989年からは南海ホークス改め、ダイエー・ホークスを段々と応援する様になります。
その1989年、南海ホークスがダイエー・ホークスに変わって平和台球場で初めて主催した試合に先発したのが、この山内孝徳。そして西武ライオンズ相手に見事、2-1で完投勝利している。この試合、博多のファンは、ホークスvsライオンズ、どっちを応援していたのでしょうね、、、複雑。。
この人の話で面白かったのは、阪急の蓑田が苦手でよく打たれていた。それで、ある時、振りかぶりながらペロっと舌を出した。蓑田はびっくりしていたそうな。。**これは、近鉄の佐野(現nhk解説者)が振りかぶりながら、わざと帽子を落として、はげ頭をピカッと見せるあの手口と似ている。(^ ^)
面白いですね。
だいぶ長く続いている番組があって、土曜日の10AMからrkbラジオでやっている「電リク・じゃんけん」という番組です(写真右)。
この山内さんが福地高子さんと二人でpersonalityをやっているんですけど、このローカル番組が結構楽しめるんです。
二人のtalkが面白いし、孝徳さんはあの中日OB坂東さんに匹敵する程、話しが上手。プロ野球選手だったとは思えぬほど、人の話の引き出し方が上手で、感心しながら毎週聴いて楽しんでいます。
まだ口ひげ、はやしている様です。