1957年、昭和32年、10月27日 | 「ライオンズ・西鉄・大鵬・目玉焼き」

「ライオンズ・西鉄・大鵬・目玉焼き」

西鉄ライオンズからの歴史を大切にしたい、小学校時代からの長ーいライオンズファン。ライオンズを中心とした野球談義が好み。
野球を介して社会問題も考える。

◇子供の頃の記憶です。亡くなった親父に連れられて平和台球場に、初めてプロ野球を見に行きました。


ライトスタンドにいたのですが、ある時、回りの皆んなが”ワー”っと一斉に立ち上がりました。

親父も立ったので、私もつられる様にして立ち上がりました。でも、何が起こったのか小学校低学年の私には分かりません。

直後、自分たちの前の方にボールが飛び込んできました。野球のルールもまだ良く知らない私は、いちいち親父に聞いていたのだと思います。


私 「どうしたと?」

親父 「ホームランたい!」

私 「誰が打ったと?西鉄?」

親父 「宮本たい。。。巨人の」


こんな会話だったと思います。

覚えているのは、巨人の宮本という人がライトにホームランを打った事。そして、満員の平和台球場。

、、、恐らく、西鉄・巨人の日本シリーズに違いありません。これがいつの日の事だったのか、読んでいた本を読み返していて分かりました。


◇TBSラジオ、森本毅郎「スタンバイ」の中の、「日本全国八時です」で月曜日にスポーツのお話をしてくれる、永谷修さんの本「監督論」の最後のところに、1950年(昭和25年)から2009年までの日本シリーズの簡単な記録が残してありまして、そこで見つけました。スコア表と、登板した投手と共に、本塁打を打った選手の名前が紹介してありました。


平和台球場の日本シリーズ、西鉄・巨人戦で、宮本がホームランを打った試合、、、ありました。

1957年、西鉄・巨人、三原監督vs水原監督。西鉄が巨人を三連覇した二年目のシリーズ。

その第二戦、平和台球場、8回まで0-0、巨人の得点は9回の表の1点だけ。この試合、巨人の宮本がホームランしたと記録されています。西鉄・巨人の日本シリーズで、平和台球場で、宮本がホームランを打ったのはこの一本だけ。間違いありません。

私が親父につれられて、初めてプロ野球を見た日は、1957年(昭和32年)10月27日だった事が分かりました。


この試合、9回裏に西鉄が2点を入れて、サヨナラ勝ちしていますが、その事は全く記憶にありません。

子供にとっては、座っていた人達が急に立ち上がった事が一番強い記憶として残っていたんですね。。


なんとなく、ノスタルジックになってしまいましたが、人間の脳が持つ記憶って、、面白くて、感動もするけど、時々哀しいものでもありますね。


P.S. 初版本にはよくあるのですが、この本にも大事なところでの誤字があります。

この日本シリーズの最優秀選手:木下弘(西鉄) 首位打者:木下弘(西鉄)と印刷してあります、、、残念。

大下弘ですよ!。。。印刷所:廣済堂さん、、、こんな有名な人、間違わないで下さい。

”長嶋”を”長鳥”にしてしまうみたいな事ですよ。”ながとり”って人、いたっけ?みたいな事にしちゃダメでしょ。