禍転じて福と為す、師走の空き巣事件と嬉しき美術品コレクションの獲得 | Kunstmarkt von Heinrich Gustav  

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ドイツの首都Berlin、Brandenburg州及び比叡山延暦寺、徳島県鳴門市の公認の芸術家(画家) Heinrich Gustav(奥山実秋)の書き記した論文、随筆、格言集。

全国の警察の統計によると、1年で最も空き巣、其の他の窃盗犯罪が多いのは何と言っても12月だそうである。

其の中でも毎週金曜日は特に要注意らしい。
其の理由として、12月は年の締め括りとして、各組織、団体、企業では決算が出る事、正規労働者は年末賞与を受けられる事、そして土日は各金融機関が休みなので、どうしても金曜日に金銭の融通が多くなってしまうからである。
泥棒共もこれ等の社会現象、背景を把握して犯行に出るのであろう。

此の様な注意を促す事は、本来警察に任せておけば良いのだが、何故今回記事に書いたかと言うと、実は先週の金曜日に我が館(実家)の近所で空き巣犯罪があり、警察が捜査に来ていた。
更に昨日12月9日には、何と我が田舎のボロ別荘が初めて空き巣に入られたからである。
盗まれた品物は50年以上経年している、傷物、下手物の「焼き物」(花瓶x4、抹茶茶碗x3)そして使い古しの「造林鎌」(刃渡り33cm、柄:120cm)で、其の他の品物は全て無事であった。
本来我が館(実家)のある市(東区)のド真ん中、及びボロ別荘の所在地は共に、地元の警察が暇を持て余す程極めて治安の良い所なので、此の様な事件が我が近辺で立て続けに起きるのは初めてである。
此の犯人は古い焼き物に関心がある様で、経年50年以下の新しい焼き物には全く手を付けず、50年以上は経年している「焼き物」を見定めて盗んでいる手口からして、ある程度の骨董知識があると見て間違いない。
恐らく多少の値を付けてけて自ら売りさばくか、若しくは他県の骨董屋、リサイクルショップ等に売り付けに行く魂胆であろう。
もし生活に困窮している下賤の貧乏人が犯人ならば、各家電製品や石油等の「生活必需品」を優先して盗み取る筈である。
いずれにせよ犯人は「悪しく参りにけり。」と思ったであろう。(笑)
何故なら我が別荘に置いてある物と言えば、いつ盗まれても惜し気の無い、性能、品質共に劣化した二束三文の中古品ばかりだからである。
この下郎が盗んだ品物も金銭価値は殆ど付かぬであろう。
それで「住居不法侵入罪」と「窃盗罪」で摘発、処罰されたのでは、ガラクタ如きの為に人生をふいにする事になる。

(そう考えると盗人の人生とは惨めその者である!)
我がボロ別荘は何分着工60年程経過している故、一部では鍵が壊れている扉、窓もある。
此れでは「自由に入るがよい。」と言っている様な物である。
生活に困窮している貧乏人が「お恵み下さい。」と言って頼んで来れば、二つ返事で分け与えてやれる物ばかりであるが、其れでも他人の屋敷に無断で侵入して、物品を盗み取る事は列記とした犯罪なので宜しくない。
又、自分の利益の為なら他人に害を与える事を厭わないと云うあさましき行いを余は最も軽蔑している。
泥棒はお化け屋敷の如く老朽化した我がボロ別荘に入る位だから、近所の住人達は尚更注意が必要である。
まして最近の調査では、日本全国の空き家の数は約820万軒にも上り、全家屋の割合では約14%にも及んでいる。
泥棒にとって空き家は人の住んでいる家よりも遥かに空き巣に入り易い故、今後空き家を付け狙った犯罪が増える可能性も危惧される。
犯罪を黙視する事は新たな犯罪に繋がりかねないので、其れを未然に防ぐ事も世の為、人の為と思い、(笑って済ませる程度の些細な損失ではあるが)一応警察に通報して来てもらい現場検証してもらった次第である。
ところが駆け付けてくれた此の警察官、(警官としては)並々ならぬ美術工芸品の知識があり、つい話が弾んでしまい、気が付くといつもボロ別荘で行っているウェイトトレーニングの時間が無くなってしまっていた。

此度の事件で余が「不幸中の幸い」と思ったのは、此のウェイトトレーニングに使う器具が全く盗まれなかった事である。(これ等を盗まれたら、流石に困ったし、激怒したでであろう。)
今年は11月、12月上旬に入っても大して気温が下がらず、まるで10月並みの気温である。
田舎のボロ別荘にてウェイトトレーニングを続けて既に26年になるが、此れ程暖かい冬は初めてである。
余の実家のある市(東区)の中心地とボロ別荘のある同区の端では僅か6kmしか離れていないのに気温が4℃ないしは5℃も違う。
其の上、余が冬でも実家からボロ別荘まで(準備運動の為)自転車で移動して、(勿論室内暖房をして15℃程で)短い水着一丁とリストバンドだけの出で立ちでウェイトトレーニングをするので、温度調整も体調管理と同様に重要な条件なのである。
何故なら人間の筋肉は(激しい)運動の際、筋肉を傷めない様に体温調整をして血液を筋繊維に十分満たしておかねばならないからである。

又、実に楽天的な発想ではあるが、我が母上が申す「些細な物が破損して身代わりになった事で、大きな禍が去って行くと思えば良いのです。」と思えば、寧ろ気持ちが楽になるのである。
そう思っていると、3日後の12月12日以降は立て続けに良い事に恵まれた。

先ず余の愛用しているドイツ革製品の老舗ブランドGOLD PFEILの未使用の真紅の鞄が大変安価に手に入った。

余が持っている10個のGOLD PFEILの革製品は全て当社の典型的なWeinrot(ワインレッド)色なので、今回の品物は珍しいし、余の最愛の色でもあるので大変気に入った。

此の老舗ブランドは1856年にFrankfurt a,M市近郊の町OffenbachでLudwig Krummと彼の7人の息子と5人の従業員によって、高級パース、札入れ、財布を製造する皮革工房として創業した。
やがて紳士用、婦人用の鞄、其の他の革製品を制作する様になり、最高級の素材と卓抜したMeisterschaft(職人芸)から造り出される革製品は高い評価を受け、貴族階級から数多くの注文を受ける様になり、遂にはにヨーロッパ全土に渡って其の名声を広めて行った。
尚、GOLD PFEILの企業名は1930年に当時の経営者Heinrich Krummによって、当時の特急列車Golden Arrow号をドイツ語化して命名された。
GOLD PFEILが創業当時より守り抜いている理念とは>Die Technik und Sensibilität des Meisters legt über moderne industorische Technik.<(職人の技術と感性は最新の工業技術をも勝る。)と言う事である。

故に当社では今日も尚、製品制作に於ける全工程を手作業によって行っているし、制作した全ての製品に半永久的保証を付けて、壊れた当社の製品を修理してくれるのである。

余は此れこそ「伝統」「技術」「信頼」を兼ね揃えた、貴族の使う革製品として最適であると思っている。


更に近所の友人から御礼に高岡銅器の見事な鶏の置物を頂いたり、親類から此れ又御礼に皇太子殿下御成婚と関西空港開港記念の銀貨2枚を譲り受けた。 
我が日本、ドイツ両国の友人達は「恩義」と「礼節」を心得ているので、いつもの事ではあるが誠に素晴らしき方々であると思う!


更に12月21日にはドイツGoebel社(1871年創業)製の陶磁器、彫刻家G.Bochmann作"Hirtenmädchen"(羊飼いの少女)(1974年)、

又12月25日には同じくGoebel社製の陶磁器M.I.Hummel原作"Zum Festtag" (祭日に・1987年)画像右が大変安価に入手出来た。


そして12月27日には余の地元Berlin KPM(王立陶磁器工房

1763年創業)のデザート皿が入手出来た。

此のBerlin KPMのデザート皿の裏側には典型的な商標のZepter(王勺) と共に“Kriegsmarke”と呼ばれる黒の✠Eiserne Kreuz(鉄十字)が描かれている。
此の事から第一次世界大戦(1914~18年)中に製造されている事が確認出来る。
余はBerlin KPMの陶磁器は1820年代、1850年代、20世紀後半の計4点所蔵しているのだが、流石に第一次世界大戦中の作品は地元Berlinの古美術商でも滅多に出回ってない故、今回初めて入手出来たので感無量の喜びであった!

同日、Bayern州Nymphenburg工房(1761年創業)製のコーヒーカップも入手出来た。

此の品物は1961年、即ち当工房の創業200周年記念に制作された物である。
御陰で幸福感に満ちた年末年始を迎えられそうである。

一方、我が館(実家)の防犯設備は極めて充実していて、各窓と扉の鍵、ガラスは一般家庭の物より優れているし、我が家には※洋弓銃2丁、Hellebarde(西洋矛)、斧、等の武器があり、余自身が格闘技の心得もあるし、我が館から約400m西には警察署もある。

とは言え、たとえ相手が泥棒でも安易に武器を行使すると、「過剰正当防衛」と言う罪になるので、余は此れを控え、警察でも使用している伸縮型の鉄の「特殊警棒」で対応する様に心得ている。


(※洋弓銃、ドイツ語:Armbrust、英語:Crossbow,=本来戦闘兵器又は狩猟道具として12世紀頃に発明された機械仕掛けによって矢を発射する強力な弓矢。 之によって甲冑を着た兵士をも簡単に射殺出来た。 14世紀に弦を引く装置が改良され、20世紀には更に狙撃用スコープも追加。 余の所有する一丁目はドイツERMA-Werke製で1980年代制作、矢の速度:約500km/h、有効射程距離:約200m、貫徹能力:50mで鉄板5mm。 二丁目はイタリア製で1960年代制作。)
武器が安全対策の一環と考えるのはアメリカ的で過激であると日本人は思うかも知れないが、世界中でテロ犯罪が多発する今日、世界で最も治安の良い日本ですら、凶悪犯罪の発生率が高くなっている事は否み様の無い事実である。
其れ故に余は「転ばぬ先の杖」又は「用心棒」如き、いざと云う時の備えは必要であると考えている。
御蔭様で人間の泥棒、押し売り、訪問詐欺、等の犯罪者に入られた事は無いが、30年程前一度だけ町内に住む野良猫に食卓の上の皿にあった魚を咥えて持って行かれた事がある。
とは言え、あの長寿漫画「サザエさん」の歌詞の様に野良猫を追いかけても行かなかったし、洋弓銃で狙撃して射殺しようとも思わなかった。
何故なら余自身が動物愛護主義者であり、此の世の全ての生き物(害虫、犯罪者を除く)には生きる権利があると思うからである。
とは言え最近ではドイツの詩人H.Heineの言葉 >Die Reiche erwirbt neuen Reichtum, die Arme verliert einfach sein Haben.<「金持ちは更なる富を得る、貧乏人は持っている物を直ぐに失う。」の如く、原始仏教の教えと真逆の所謂「格差社会」が顕著になっている事態である!

世の中には、働かなくとも自分の家の財産と不労所得等で余裕綽々、悠々自適に生活で出来る「富裕層」も居れば、其の反対に毎日奴隷の様に働けども貧しいままの「下層階級」「貧困層」もいる。
人が好む処、好まざる処、此の「経済格差」は疑い無く時と共に進んで行く事であろう。

12月は「師走」と名付けられる程多忙かも知れないが、良き「行く年、来る年」を迎える為にも犯罪、事故、等に遭われぬ様くれぐれも御注意頂きたい!
「盗人は入り易き所に(盗みに)入る。」とはよく言った物で、後で知った事だが警察の統計によると、全国の空き巣犯罪の被害に遭った家の45%以上が無施錠だったらしい。
余も此度の事件を教訓に我が家のボロ別荘の扉に新しい鍵を取り付けておいた。
敢えて理想を言えば、全ての人間が盗みを働かなくても生きて行ける様な世の中が来る事である。

 

 

   ~*管弦楽の巨匠Hector Berliozの誕生日*~

因みに12月11日は我が最愛のフランスの作曲家 Hector Berlioz(1803~1869)の誕生日である。


此れに因んで今年も彼の伝記映画"La Symphonie Fantastique"(1941年フランス)を再度DVDで観た。
何度となく繰り返して見た映画ではあるが、余個人には感涙を誘う物がある。
Berliozは開業医の息子として生まれ、両親の希望で最初は医学大学で学んでいたのだが、音楽への情熱を捨てきれず、医学を断念し音楽大学へ進んだ。
そして作曲家としてデビューするも、彼の個性の強い革命的で巨大な管弦楽作品はなかなか世間で好評を得られず、費用ばかりが嵩張り、48歳になるまで借金生活を余儀なくされたと云う経緯がある。
余は彼の此の様な失敗を本で読んでいたので、自分は似た様な失敗をしない様に心掛け、展覧会は出来るだけ費用の掛からない様に、尚且つ運搬し易い様に全てを合理的にまとめて来た。
しかしながら余個人的には、芸術家の真の勝利、成功とは苦悩や困難を乗り越えて獲得する物だと思っている。
そう言う意味では Berliozの晩年そして後世の勝利、成功こそ誠に偉大で永遠の価値ある物であると思われるのである。
其れに引き換え余の経歴と言えば、ドイツの地元Brandenburg州でデビューして以来、19回も日独両国で常に公共事業としての個展を開催し、いつも賞賛されるばかりであったから、全く世の中で甘やかされて来たとしか言い様が無い。
故に余は天性の才能と(長年鍛えた)肉体的な強さはあっても、意外と逆境に弱いかも知れない。
そう言う意味で余は苦悩や困難を乗り越えて勝利、成功を獲得した過去の天才や英雄、人傑に憧れてしまうのである。

 

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