さよならJ-POP 1 | ほぼうさのブログ

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ポストモダンがJ-popの志向に影響を与えたのは時代の必然であった。などと言ってもいきなり何だハゲといわれるので、順を追って説明する。

現代が「みんなで同じ方向を向いて、大きな未来を実現させよう」という世界とは間逆の、「ひとりひとりが主役で、それぞれが個別の幸せを追求しよう」という世界になっていることは疑いようがない。これをひらたすぎるほど簡単に言えばポストモダンということになる。
そういえば昔、ディスコというのがあった。それより前にはフォークソングもあった。基本的にあの時代というのは「音楽=みんなのもの」で、レコードを再生する機器を持っている人も少なかったことだし、みんなで同じ場所に集まって、同じ曲を聴いて盛り上がっていた。ジュークボックスなんて機材もあったっけ。
そこから段々と日本人の思考パターンは変わってくるのであるが、日本人が個別の幸せを追求しはじめてから、J-popにそのアオリがくるまでは実は結構時間がかかっている。1980年代にはとっくにみんな多様な価値観をもちはじめていたのだが、音楽に関してはそうではない。たとえばサザン、尾崎豊、ボウイ、そしてX JAPANからのバンドブーム、ミスチル、小室ファミリー…ここらへんまではCDもミリオンセラーが続き、みんなが同じ曲を購入して同じように聞いていたことを示している。タイムラグがあったのだ。
ところが最後の打ち上げ花火「宇多田ヒカルのファーストラブ」を境に、J-popは多様性を持ち、多様な趣味志向を持ったリスナーに向けて拡散していくことになる。ひとつの明確な幸せや恋愛のかたち、価値観を歌った音楽をみなで共有する時代が終わったのだ。それと同時に「CDが売れなくなる時代」が到来する。
ミリオンセラーがなくなったとて、CDが売れなくなったわけではない。100万枚売れるアーティストが10人だったのが、1万枚売れるアーティスト1000人という図式に変化しただけのことだ。そして多様な音楽がそれぞれ芸術的価値を評価されはじめる…ここまではとてもいいことなのだが、そのうち音楽界をポストモダンの負の遺産が覆うことになる。つづく