20代の悪夢から30年
アルピーヌA110GTの横に、あの日の夢を
迎え入れた日
人生には、どうしても忘れられない「忘れ物」がある。
私にとってのそれは、ライトウェイトスポーツの
原点であり、究極の機能美を持つ存在
・・・ケータハム・スーパーセブンだった。
現在、私のガレージの主たる位置には、
現代フレンチミッドシップの結晶である
「アルピーヌA110GT」が収まっている。
アルミインテンシブ構造の軽量シャシーに、
しなやかなアルピーヌ・チューンド・サスペンション
がもたらすロードホールディング性能は、
現代スポーツカーのひとつの最適解だ。
しかし今、その洗練されたガレージのもう半分に、
剥き出しのダブルウィッシュボーンと、鈍く光る
アルミパネルを持つ
「ケータハム/・スーパーセブン・
ロードスポーツ200」が滑り込んできた。
20代のある日、販売店の倒産という理不尽な
トラブルによって絶望とともに手放さざるを
得なかった夢。
あれから30余年の歳月、そして濃密すぎる
名車たちとの「メカニズム対話」を経て、
私はついに、若いときのリベンジを果たした。
その歩みを、技術的な視点と、車が繋いでくれた絆
とともに振り返ってみたい。
20代の悪夢。
新車注文、そして販売店の倒産
時計の針を、私がまだ20代だったあの頃に戻そう。
当時の私は、スペースフレーム・シャシーに
直接乗り込むような、純粋なドライビングマシンを
欲していた。
その頂点に君臨していたのが、ケータハム・
スーパーセブンだ。
1トンを大きく下回る超軽量構造、ノンアシスト
かつダイレクトなステアリングギアボックス。
そして搭乗者の臀部のすぐ後ろに位置する
リジット(またはド・ディオン)アクスル。
「若いうちに、このピュアなメカニズムを
新車から味わい尽くしたい」
そう決意し、社会人になってすぐに購入した
ダイヤモンドスター(三菱)エクリプスを売却し、
私はセブンの新車を発注した。
仕様を選び、契約書にサインしたときの興奮は、
今でも記憶として確かに残っている。
しかし、運命は残酷だった。
英国本社へ発注なため、納期はおおよそ1年と
言われてた。
そしてただ納車をひたすら待ちわびていたある日、
飛び込んできたのは「販売店の経営が危ない」
という報せだった。
状況を把握するために現地へ向かったが、
もはや手遅れ。
即座に注文キャンセルをして、支払った代金に
ついて返金を求めた。
「必ず返金する」との約束は得たが、
その後一向に返金はなし。
弁護士を立てて返金処理をするも、もはや代金
回収はされることはなかった・・・
車は手に入らず、20代の若者にはあまりにも
重すぎる「勉強代」だった。
私のセブンへの夢は、最悪の形でシャッターを
下ろされたのだ。
傷心の私を救ったWRCの遺伝子
ランチア・デルタ(Evo1)と、生涯の友人たち
セブンを失った喪失感を埋めるためには、
並大抵のスペックの車では不可能だった。
そこで私が次に白羽の矢を立てたのが、WRC
(世界ラリー選手権)を制覇するために生まれた
ホモロゲーションモデル、「ランチア・デルタ・
インテグラーレ・エボルツィオーネ(Evo1)
だった。
あのマッシブなブリスターフェンダーの奥には、
2.0L 210ps 直列4気筒DOHC16バルブ・ターボ
エンジン(Lampreedi Twin Cam)が横置きで
マウントされている。
HFターボから勝つためだけに毎年のように進化を
続けたEvo1は、1992年のEvo1でほぼ完成を迎えた。
エピサイクリック・センターデフ
にビスカスカップリング(VC)を組み合わせた
前43:後57のトルク配分を持つフルタイム4WD
システムが他車を圧倒した。
このデルタとは、14年間という長い月日を共に
過ごすことになった。
テクニカルな面で言えば、この車は常にオーナーの
メカニカルリテラシーを試してきた。
イタリア車特有のデリケートな電気系、これでもか!
とギチギチに詰め込まれたエンジンルームの
熱害によるバッテリーの劣化、気まぐれな
センサー類。
トラブルは日常茶飯事であり、ドック入りする
ことも多かったが、走行不能などの致命的な
トラブルは思いのほか少なかったと記憶している。
この「手のかかる名車」を維持する過程で、
私の人生には最大の財産が生まれた。
同じようにデルタのトラブルに頭を悩ませ、
あるいはその圧倒的なコーナリング
パフォーマンスに魅了された「エンスージアスト
の友人たち」との出会いだ。
毎月都内臨海に近接された自動車用品店の広大な
駐車場の片隅に集まり、パーツのノウハウを共有し、
モディファイの方向性を夜通し語り合い、
時にはボンネットを開けて互いの車を弄り回す。
デルタが繋いでくれた彼らとの絆は、
単なる「車仲間」を超え、生涯の友人となった。
20代の挫折で閉ざされかけた私のカーライフは、
デルタの熱い走りと、かけがえのない友人たちの
おかげで、より深く、より豊かにリブートされた
のだ。
水冷化への大転換点。
ポルシェ911(996型)と対話した15年
デルタと駆け抜けた14年で、私の中に「車の
メカニズムを骨まで味わう」というスタンスが
確率された。次に私が選んだのは、
自動車工学のひとつの頂点であり、
当時のポルシェにとって歴史的な大転換点と
なったモデル「911(996型)」だった。
1997年に登場した996型は、30年以上続いた
空冷フラット6に別れを告げ、初の完全水冷化を
果たした画期的な911だ。
私がステアリングを握ったのは、3.4L(後に3.6L)
の300ps水冷水平対向6気筒DOHCエンジンを
リアアクスル後方にハングマウントした、伝統の
RRマテリアルである。
空冷ファン独特のビートは失われたものの、
水冷化によって得た高回転域までの滑らかな
吹け上がりと、シリンダーヘッド周りの均一な
冷却による信頼性の向上は圧倒的だった。
RR特有の、ブレーキング時の強烈なフロント荷重と、
加速時にリアタイヤが路面を強靭にグリップする
トラクション特性。
それでいて限界域でコントロールする歓びは、
まさに精密機械との対話だった。
デルタとは対照的に、996型はドイツの徹底した
合理主義と高い耐久性を見せつけた。
15年間という長期にわたり、幾多のツーリングに
酷使したにもかかわらず、基本骨格や機関系は
ビクともしなかった。
この15年間で、私のドライビングにおける
荷重移動のロジックや、車のコンディションを
見極める目は、さらに高い次元へと引き上げられた。
現代ライトウェイトの最適解、
アルピーヌA110GTの洗練
996型を15年乗り倒した後に、現在の日常の相棒としてガレージに迎えたのが、「アルピーヌA110GT」だ。
この車の最大のトピックは、現代の厳しい
安全基準をクリアしながら、コンポーネントの96%に
アルミを採用することで実現した「1,100kg台」という
車重にある。
1.8L直列4気筒直噴ターボエンジンをキャビンの
背後に横置きマウントしたミッドシップレイアウト
(MR)だ。
最高出力300ps、最大トルク340Nmを発揮する
パワーユニットはゲトラグ製7速DCTと組み合わされ、
シームレスで鋭い加速を見せる。
ダブルウィッシュボーン式サスペンションがもたらす、
ロールを過度に拒まずしなやかに路面を捉える
セッティングは、かつての911の重厚感とは異なる
「軽快な旋回性能」を披露してくれる。
ワインディングでは、電子制御ディファレンシャルや
理想的な前後重量配分(44:56)の恩恵もあり、
破綻する気配すら見せずに、狙ったラインを
ミリ単位でトレースできる。
まさに現代における、洗練された
ライトウェイト・スポーツの極みだ。
しかし、A110GTの完成度が高ければ高いほど、
私の脳裏には、あの30余年前の「やり残した宿題」が
鮮明に蘇ってきた。
「A110GTは素晴らしい。しかし、電子制御の介入も、
ブレーキサーボすらもない、真の『質量ゼロ感覚』
の世界は、一体どんなものだろうか」
ライト30余年のリベンジ。
スーパーセブン・ロードスポーツ200という解答
20代のあの悲劇から30余年。デルタで14年、
996型で15年過ごし、現在はアルピーヌを駆る。
メカニズムへの造詣も、走りの経験値も、
そしてトラブルに対処する心の余裕も、
あの頃の若造とは違う。
「今なら、セブンのすべてを受け止め、真の意味で
乗りこなせるはずだ」
そう確信した私は、増車(買い増し)の決断を
下した。
選んだのは、ケータハムのラインナップの中でも
乗りやすくバランスが最も秀逸と評される
「ロードスポーツ200(Roadsport200)」だ。
いや、正確に言うと当初は90年代の1700SSを
狙っていた。
電子制御を介さないウェーバーの吸気音。
OHVのケントユニット。
アナログの極み。
まさに20代の時に英国へオーダーを入れたころの
クルマであった。
ただ、現代はインジェクションの時代。
キャブレターならではの始動の儀式。
季節または標高の高い高地でのキャブレター
セッティングの煩わしさ。
いや、煩わしさなどと呼んではいけない
楽しさなのかもしれないが、手軽さという点では
インジェクションに敵うものはない。
ただでさえ個体数の少ない車で希望の年式を探すのは
不可能に近い状態。
長期間、さまざまな情報を集めて吟味した結果が
「ロードスポーツ200」になったというわけだ。
心臓部には、軽量かつ高回転まで軽快に回る
フォード製1.6L「シグマ(Sigma)」エンジンを搭載。
最高出力は120ps程度だが、車重はわずか500kg強。
昨今のケータハム・スーパーセブンの命名法則から
すれば「スーパーセブン240」というところだろうか。
パワー・ウェイト・レシオは現代の
ハイパフォーマンスカーにも匹敵する。
中古市場でコンディションの極めて良い、素性の
知れた個体を見つけたとき、私の迷いは皆無だった。
おおよそ30年超しの契約書にサインを交わした。
洗練のフロントミッドシップと、
野生のスペースフレーム
こうして私のガレージには、現代のMRである
「アルピーヌA110GT」と、ライトウェイトの
始祖である「ケータハム・スーパーセブン」という、
贅沢な2台の軽量スポーツが並ぶことになった。
セブンのタイトなバケットシートに滑り込み、
ハーネスを締め上げる。キーを捻り、
スターターボタンを押すと、
シグマエンジンが無骨なメカニカルノイズを
響かせて目覚める。
クラッチをミートし、ファーストコーナーへ
飛び込んだ瞬間、全身に電撃が走った。
アシストのないダイレクトなステアリングからは、
フロントタイヤが路面の砂粒を踏んだ感触まで
手のひらに伝わってくる。
いや、現実としてコクピットに砂粒が飛び込んでくる。
一歩間違えれば踏み間違えそうな狭隘な空間に
配置されたアクセルペダルを踏み込めば、
ワイヤーを介してスロットルバルブがダイレクトに
開き、車体が文字通り「弾け飛ぶ」ように加速する。
風、熱、音、そしてG。
すべてがフィルターなしで五感を直撃する。
30余年前に味わった、あの高すぎる「勉強代」。
当時は絶望しか生まなかったあの事件だが、
今なら思える。
もしあの時、20代の未熟な私にセブンが納車
されてたら、私はそのダイレクトさに圧倒され、
維持しきれずに手放していたかもしれない。
デルタを通じてエンスーの友人たちと出会い、
維持する覚悟を学び、996型でRRのシビアな荷重移動
を叩き込み、A110GTで現代の軽量テクノロジーを
知った。
この30余年の濃密なタイムラインがあったからこそ、
私は今、セブンの野性味を100%の歓びとして
サスペンションの1挙動までコントロール
できているのだ。
快適性と洗練を極め、天候を選ばず
グランドツーリングを可能にするアルピーヌA110GT。
そして、走ること以外のすべてを削ぎ落とした、
コーリンチャップマンが築いた1960年代のピュアな
レーシングスピリッツそのものであるスーパーセブン。
ガレージに並ぶこの2台のシャシーを見つめながら
20代のあの日の自分に語りかける。
「安心しろ。あのときの絶望は、30年後に
この最高のガレージを完成させるための、
壮大な伏線だったんだ」
私のカーライフの第二章は、この2台の軽量シャシーと
ともに、今ようやく始まったばかりだ。
デルタの写真で思い出したが、同時期に
マツダAZ-1にも7年ほど乗っていた事実。
・・・私はつくづくミニマムかつ軽量なクルマが
好きなようである・・・











