先日、次男の公立高校の三者面談がありました。
その面倒見の良さったら!
大きな衝撃と共に
自分の身の回りの事、大きく見直しています。

公立なのに(?)面倒見がいい!
期待してなかっただけに得した気分!!!
あれ?
じゃあ長男の高価なサポート校は?…( ̄▽ ̄)
見直し、見直し…
学校で先生と話し、長男とトコトン話し合い。
向き合いまくりの急展開です。


娘が不登校になって公立の小学校の融通の利かなさにガッカリ。
市の適応指導教室のカウンセリングマインドの無さにビックリ。
「公立」の教育システムに全く期待を持たなくなっていました。

でも、それはもう過去のことなのかも…
と真剣に考え始めました。


現在高校1年生になった次男は小学5年の冬、
正確な期間は忘れましたが
2、3ヶ月の間、教室に行けませんでした。

妹と共に毎日コツコツ保健室や相談室に連れて行ってました。
給食の時だけは教室に行ってクラスメートと共に食べ、
後は教室を出るという毎日でした。

ずっと後になって、同級生の子のママから
「濡れ衣着せられてクラス中から責められたことあって
とっても可哀相だったって、うちの子が言ってたけど大丈夫だった?」
と言われました。

次男は家では余分な事を何も話さないので
どうして教室に行かなくなったのか、
それはどんな出来事だったのか、
それが不登校の原因になったのか
今でも全く分かりません。

彼から言うこともないし、
今は今だしな~
と思っているので私から聞く気もありません。

6年生になると同時に勝手に学校に通い始めました。
妹とは違って、全く危なげないです。
知らない人からは
不登校の時期があるなんて想像出来ないと思います。
知ってる人も忘れちゃってるのでは?
と思うほど、毎日自分でしっかり自己管理して
全く手間の掛からない子です。

私はウツからは回復していたものの、
やる気が出ず、家事もサボりがちでしたが
黙ってコツコツ自分のことをこなす次男を見ていると
自然と世話を焼きたくなります。

これがとっても不思議なんです。
次男の高校進学で始まったお弁当作り、
これは自然とやってます。
楽しくもあります。
毎日続いてるうちに他の家事もどんどんこなせるようになってます。
こんな日が来るなんて
こんなことがキッカケだなんて!

ウツで「頑張ることは悪だ」くらいに思ってましたが
今は素直に「頑張ってる人には応援したくなる何かがある」
と感じています。

家事とか
「もうやってやるもんか!」とか
「頑張ってなるものか!」ぐらいに抵抗あったのに
(今でもまだ結構ありますが  笑)
次男に対しては自分でも不思議でたまりません。




ずっとずっと、子育てと家事は私1人の仕事というのが
夫との関係の中で当たり前になっていました。

一時期は、私が住み込みの仕事を持ち、
子育てと家事に加えて仕事もこなさなければならず、
仕事が加わったことで疎かになりがちな家事の、
出来ていない点をいつもどこか夫に指摘される毎日でした。

次男も幼稚園に通い出し、
登校渋りがあって、
私はおそらくマイコプラズマ肺炎だったと思うのですが
咳き込みがひどくて眠れない日々が2週間くらい続いたと思います。
情緒不安定を感じるようになりました。

住み込みの仕事だったので、ろくに体を休められず
精神的にボロボロになっていました。
色んなことがやっと何とか終わらせられるという状態、
仕事はより一生懸命神経を使って、
その分部屋に戻ると思うように動けず、
家事が追いつかなくなりました。
見た目は普通なので夫からはサボりとしか思われず
いつも叱られていたような気がします。

いつの間にか記憶力が非常に悪くなり、
食事の支度は頭が真っ白になって何も作れない。
若年性の認知症か更年期を疑いました。
30代前半でした。

いつも常にだるくて仕事で呼ばれる以外は
ソファや床に転がっていました。
布団を上げる体力もなく、万年床になっていました。
朝起きるのが嫌で、体中が痛くて、すごく辛くて
目覚める度に「今日も生きててしまった…」と
涙が自然にこぼれてきました。

ある時、包丁を持っていて
「これで夫の背中を刺したらどうだろう…」
とふと考えていました。
きっと泣かないな、感情が動かないな、
やっぱり何か変だよなと自分で思いました。
どこかでちゃんと診てもらおうと思いました。

心療内科に行くと、2時間以上待って診察は3分程度。
先生に現状を話しながらひとりでに涙が流れていました。
「緊張が取れない状態になってるんだね。
まずはよく眠ること。
早くあちらの世界に行ける薬を出しますね。」と言われて
薬をもらいました。

睡眠導入剤か何か?
よく分からない薬をその晩飲みましたが
翌朝の目覚めが悪く、掃除の仕事がいつにも増して辛くなったので
薬はそのまま飲むのを止めました。
これではないという気がしたので
すぐに捨ててしまいました。

当時のことはよく覚えてないのですが
一番下の子が2歳くらいで
構ってやる余裕がなくなっていたと思うのです。
不登校になった時、あのウツが良くなかったのかも!
と更に自分を責めました。

不登校に何かしらの影響はあったのかもしれません。
でも、今それを言っても何も解決しない。
今は今出来ることだけ考えています。


次男の高校のスゴさを書こうと思ったのに
あちこち過去の出来事がよみがえって本題からどんどん逸れてしまう…

どれだけ自分に封じ込めていたか。
そういやあまり吐き出せずに来ました。
まだ自分の中で解決してないこともあるのかもしれません。
少しずつ、少しずつなんだなぁ…


ちなみに1回目のウツから立ち直るのに有効だったと感じた方法は
私の場合、「ペティキュア」と「栄養ドリンク」でした。

ペティキュアは何気なく。
スーパーでたまたま目に付いた、
何年ぶりかで買ったキレイだなと思った色のマニキュアを
足の爪に塗ったら
裸足の季節はよく目に入る、見る度嬉しくなるようで。

それまであまりメイクに凝ることもなく、
アクセサリーにも興味を示さず、
自分を飾る事に何かいつも抵抗があって…

そう、髪を振り乱して子育てしちゃってたかも。
全然余裕なかった。

ペティキュアなら人目にも付かず、恥ずかしさなく出来ました。
自分を大事に出来たような、
言葉には出来ないような柔らかい気持ちになれました。


栄養ドリンクは心療内科で薬をもらったことがヒントに。
いつも疲れていて仕事も家事もはかどらない。
だったら精力つく薬の力を借りて仕事や家事をやったら?

これが大正解で、
どうしてもやらないといけない仕事がある時
栄養ドリンクを飲むと動けるようになるので
勢いでちょっと家事もやれたりする。

何かやらないといけない時、
栄養ドリンクの力を借りて乗り切りました。
午前中に1本、午後に1本、夜にも1本…
何かを片付けてしまいたいと思う度に。
もしかしたら許容量超えてたと思うのですが
そうしないと動けなかった。
でも、そうやって力が出せる状態では仕事がはかどるし
ミスもなくて気が楽になるので
それで少しずつ状況が片付いて
環境が好転していった気がします。


徐々に栄養ドリンクも減って頼らなくても大丈夫になってました。
何か変だな、情緒不安定すぎだなと感じてから
しっかり元に戻れたと感じるまで2年くらい掛かったと思います。

認知症か更年期を疑った頃は
記憶力の低下や能力の衰えがひどくて
もう元には戻らないんだと絶望的な気分になっていましたが
一時的なものだったのかと嬉しかったです。

まぁ、その、また色んな事が出来る嬉しさから
多くのことに顔を出し、多くの事を引き受けて
2度目のウツに突入したか?(笑)
と思えないこともなくて
2度目からも回復してやっと人生って面白いなぁと
思えるようになってきたところです。

書きたいことがどんどん逸れてしまいました。
まだまだ未消化のものがあるのかなぁ…

すみません。