自分年5の年に働き出そうかと体力に不安も残る中、
面接を受け、色々あって、誕生日も過ぎ6の年に突入。

変化の年5では二次面接まで進んでも落とされ、
久々に働き出したパートはブラックで付き合いきれないので辞めた。

長いこと専業主婦だった私にはやっぱり稼ぐってムリなの?
と自信を無くしかけたところで6の年に突入。
家族の年、調和の年、愛情の年。
まさか仕事が決まるとは思ってなかった。

何気なく目に留まった求人がトントン拍子に決まり、
なんといきなり平日毎日8時から5時で働くことに!

体も動くし、体力ももつ!
仕事が楽しい!
完全に胸を張って自分のうつ状態を抜けたと言い切れる。


働き出すにあたり、泣く泣く諦めた不登校支援への関わり。
うちの近くの不登校の子達は引越してしまった。
働くか就労支援施設のボランティアをするか。
生活的に働くしかなくて。
でも、やはり出て来た不登校支援のお役目。

きっとどんな選択をしようがやれるようになっているんだなと
また確信に近付いた。


私は6を持っていて
それはずっと家族、犠牲的精神、調和、奉仕、愛
と教わってそれが課題と思っていた。

人生の大転換期すぎた初めての6の年、
さらにその6は自分の数字。
数秘を一緒に勉強した仲間が気付かせてくれた。

自分の状態エネルギーが自分の持ってる数字と同じ。
きっとその特徴が強く出る年になるよ!

本当に言われた通りと感じる。

6は育てる数字。
積極的なサポートの数字。

支援者を探さなくても、関わりを作ろうとしなくても、
ただ自分のために働いているだけでも、
支援が必要な人は向こうからやって来る。
それが私の書いてきた人生のシナリオだから。
安心して今やりたい事をやっていればいいんだ。
そう、昨日はそれが分かった日。

なんて身近な所で起こっていたんだろう。
驚きつつ。

話していて今までの経験が活きてくる。
納得させながら対応をアドバイス出来る。
今は私もそれなりに持論に自信が持てるようになってきた。
こんがらがった状態の解き方が見えてきた。


昨日話していて気付いたこと。

子どもが学校に行きたがらない、
対応は受容だと親は頭では分かっている。
心の底では行って欲しいと願っている。
どんなに隠しても。

学校は子どもにとって良い所だ、
子どもの就職に必要な所だ、
必要不可欠な通過点だという思いがなかなか捨てられない。

子どもは学校に行くことを拒否している。
それが登校拒否、不登校。
子どもは「私に学校は害である」と行動で表現している。

親はそれを素直に受け入れられるのか。
昨日話していて気付いた。
受け入れられないのは
「ここまで来たのに」
「あとちょっとなのに」
つまりは親自身が損したくない、失敗したくないという気持ち。

学校さえ行けば、資格さえ取っておけばと親は思っている。
子どもはそれだけではないと感じているから立ち止まりたいのに。

親の欲や不安から走らせ続けて全てをパアにするか。
ここまで積み上げたと思っているものへの執着を捨てるか。

子どもの経験は子ども自身のもの。
親がもったいないと感じるのは親の勝手、親の業。

他人の人生は我が子といえども他人のもの。
その子の人生はその子が決めるもの。