当時、小学2年生だった娘が
「(学校に)行きたくないなぁ」と言い出したのは10月6日の朝。

何とか諭して連れて行き、
娘が廊下に消えて行くのを見送った後、
玄関前で高学年の2人の男の子に涙ながらに謝られた。

「まーちゃん(娘)に200円借りました。
ごめんなさい。」

全く意味が分からなくて
返しますとも言われてない、
ただただ男の子が涙ぐんでいて
何と言っていいか分からなかったのが正直な気持ち。

まだ朝だし、これから学校が始まるのだし、
男の子にはこの後1日元気に過ごして欲しくて
全然事情が分からないけど
「そうだったんだ、話してくれてありがと。
じゃあまだ小学生だからお金の貸し借りは
次からは気を付けよう?」
と声を掛けた。

コクンとうなづいた2人が玄関に入るのを見送り
ホッとして家に帰った。
洗濯を干したりしてるうちに全部忘れていた。

いいのか悪いのか、
私はあまり細かいことが気にならなくて
心配もしないし、どんどん忘れる。

結構サッパリしたいい奴だ~
なんて自分ではそんな自分に好評価だったけど
その日のお昼、担任の先生から電話をもらって
夕方直接会って詳細を聞いた。
自己評価が全て悪い方にひっくり返った…

母親としてしっかりしなさ過ぎた…

翌日から娘は学校に行くことに物凄く抵抗するようになり、
親子の闘いが始まった。

娘を激しく叱責しながら
胸のうちでは自分を責め、夫を責め、全てを恨みたい気持ち。

どうにも出来なくて
いつまで続くか分からなくて
誰も助けてくれなくて
本当に本当に苦しかった

しばらくすると、
5年生だった真ん中の息子も教室に行けなくなった。
家の中は地獄だった。

娘が学校を休むようになってすぐの頃、
6年の長男と5年の次男が学校から帰って
家に着くなり泣いたことがある。

「先生に『お前、兄ちゃんなんだから妹学校に連れて来いよ~』
って言われた」
ボロボロ、ボロボロ、息子達は涙が止まらなかった。

母親だって連れて行けないのに。

どの先生か聞いてないけれど多分軽い気持ちで発した言葉。
こちらが深く傷付くとは思ってもみないでしょうが
そんな言葉でも深くえぐられるのが実態。

だって誰にもどうにも出来ないのだから。
本人だって繰り返し言う、
「行きたいんだけど行けないの…」

家ではもう誰も何も話さなかった。
もはや楽しい出来事なんて我が家にはなかったし、
触れてはいけない「不登校」という大きな問題が
常に目の前に重くずっしりと覆いかぶさり
大きな部分を占めていたから。

そこに触れないように楽しい話をするなんて
諦めていたし、明るくしようなんて元気も残っていなかった。

毎日学校へ通う長男、
毎日会社へ行く夫、
この2人が家に居る間は発する言葉にピリピリしていた。

毎日学校へ行く、毎日会社へ行く

当たり前だと疑ったこともなかった。
この子はどうして普通のことが出来ないんだろう?
理解不能だった。
普通が分からなくなった。

一度、長男と次男が口ゲンカになった。
皆がガマンしていたが子どもは早くに限界を迎えたと感じた。

学校に行ってる長男が言う
「俺はガマンして学校に行ってんだ!」

休むようになった次男が言い返す
「俺だってずっとガマンして行ってたんだ!」

娘は何も言えなくて
ただ小さくなっているように感じた。

誰かに何か、いや、本当は皆それぞれに
慰めの言葉を掛けたかったが言葉は見つからなかった。

「学校行ってても行ってなくても
みんな頑張ってるんだよ」

それしか言えなかった。
学校に行けてても行けなくても我が家は皆不幸だった。
この時は子ども3人殺して私も死んじゃおうかと思った。

明るい未来なんて来ると思えなかったから


学校に行けても行けなくても不幸

「不登校」は普段の生活を全て闇に変える

当時はそうでした。


「コイツさえ普通に学校に行ってくれれば!」
と娘に対して物凄く腹立たしくて
玄関のトビラを開け放しておいて、
家にしがみつく娘を力いっぱい引っ張り剥がし、
引きずるようにして学校に連れて行こうとしていました。

玄関を開けっ放しておかないと
娘をボッコボコに殴ってしまいそうな自分がいました。

泣いてる娘を引きずって歩きながら
(私はこんなにも頑張っているんです!)
と周囲に見てもらいたい気持ちがあったのかもしれないなと
ずっと後になって気付きました。

不登校中は色んなものに傷付けられます。
何気ない言動、当たり前の中に沢山のトゲが仕込まれている。
周囲の「親切」や「思いやり」の中にも…

決して甘やかしてなんてないのに
学校に行ってないと「甘やかしてる」と言われる。

毎日引きずって連れてく内に娘に生気がなくなって
まだ小2だから良かったけど
年頃だったら自死を考えるかもしれない
そんな風になってやっと自分のやり方を疑い始めました。

家で休ませておくのも不安なのだけれど、
引きずって学校に連れて行くのは違う気がして。
どちらか選ばないといけないから家に居させただけ。

担任の先生には
「本当にお子さんの将来を思うなら
引きずってでも毎日学校に来させるべきでしょう」
と言われ、一切話は噛み合うことなく…

適応指導教室でも
「娘さんは好き嫌いがあり過ぎる。ただのワガママだ。」
と言われ、そこすら行けなくなった。

当時の私はネットで検索するという方法も思い付かず、
独りで闘ってる気分。
八方塞がりだ、学校は大きな1枚の壁だと感じていました。



結論から言うと、
小2の10月から不登校になった末の娘は小4から再登校、
小5の冬に教室に行けなくなった次男は翌年6年春から再登校。

去年、小6になった娘が色々あって12月に1週間くらい休み、
2月にも休みました。
卒業式は出ないかもしれないと覚悟もしましたが出ました。
今は中学1年生。
時々休ませることもありますが通っています。

今度「もう行きたくない」と言ったら
どうするか決めてあります。
もう「不登校」と呼ばないってことも決めてあります。
学校に任せていた分を自分でやるか別の所にお願いします。
それだけの話です。

子ども達は行けないんじゃない、
行かないという選択をしたのだという認識です。

去年は私に余裕が出来てきて
不登校支援のようなことをしていました。
近くにそんな子がいると聞いて他人事と思えず関わったり、
我が子の同級生で経験者として相談を受けたりがありました。

その関係で色んな不登校支援者とお話したり、
いくつかの支援施設に出入りしたり。

おそらく一般の方よりは
不登校について情報はあったと思います。
何か掴めた気もしていて自論も出来ました。

関わっていた不登校のご家庭が今年に入り相次ぐ引っ越しで
すっかり活動の目的を失ってしまいました。

前から興味のあった数秘術を引っぱり出して
勉強し直していました。

意を決して電車で数時間、
東京にもセミナーを受けに行ったりして
積極的に数秘に触れています。

分かれば分かるほど意外と不登校にも使えるんじゃない?
そんな風に感じてそんな視点から考えてみよう、
ブログにしてみようと思った次第です。


今まさに不登校だというお子さんをお抱えの方に贈ります。

「不登校」は悪いことではありません。
学校に行かない我が子はダメな子ではありません。
決して出来ない子でもありません!

まずはそこから。
誰が何と言おうとお子さんは悪くないし、
ダメでもないです。

あなただけは味方でいて下さい。
そして、周りをしっかり見渡せば、
実は仲間もいるし支援者もいます。
ちゃんとそんな世の中に変わって来ています。

その子にはその子の良さがあります。
今の社会では見つけにくくなっているだけです。
でも一緒に見つけようとしてくれる人も出て来ているので
絶対絶対諦めないで!!!

今の社会のあり方は
変えなければいけないところまで来ていると感じてます。
特に学校というものにはそれを強く感じます。
ただ、今のやり方でついて行ける子もいますし、
そこで誠実に取り組まれている先生方もいらっしゃいます。
全てがダメな訳ではありません。

学校に行かなくなったお子さん一人ひとりが
ちゃんとそれぞれの道を見つけられれば
今はそれで良しと思うことにしています。

親だけで探すのには限界があります。
負担は大きいし、不安も大きいです。
それはよく分かっているつもり。

私に一体何が出来るだろう…
いつもいつも考えています。
絶対何か見つけてやるぞ!と思っています。

実際に苦しいながらも支援施設を始める人もいれば
何かしたいとそこに集まって来る人もいます。
徐々に形になっていく、
皆が生きやすい世の中に向かっていってるのを感じていました。

絶対絶対諦めないで下さいね。
今見つかっていないだけ、
繋がれていないだけ。

お子さんはダメではないです。
将来がなくなった訳ではないです。
やってみたいを大事にしてあげましょう。
好きをやらせてあげませんか。
出来たを沢山経験させてあげたいですね。
強みに気付かせてあげましょう。
きっと自然に元気が出ますよ。
自分で自分の道を探せるようになると思いますよ。
転んだ後に自分で立ち上がれた子は強くなりますよ!


「こうなって欲しいな」

ではなくて、

「この子はどうなるのかな♪」

それを楽しみにしてみませんか。


数秘術ってね、占いじゃないと思っています。
私にとっては他者理解のツールなんです。

自分の考え方が自分にとって当たり前すぎて
他に色んな考え方があるなんて思ってもみなかった。
数秘は色んなことを教えてくれるのですよ。
うまく使わない手はないですね。