この前小学生の息子と喧嘩した。

(死別当時3歳だった)


1月に命日があること、寒いこと、寝不足だったこと、なんか色々重なって不機嫌だった私。


パン屋さんでパンでも買って気分あげようと思って行ったパン屋さん。

パンを買って食べようと車に手をかけたら、思っっっつきり静電気⚡️💢


もう、多分なんでもよかったんだと思う。

怒りスイッチが入った。


口から出たのは夫への暴言。

『勝手に死んでふざけんな!』

それを聞いた息子が私に物凄い剣幕で向かってきた。

子どもたちには夫の死因は話していない。

(心の病気とは言ってる)


お父さんは生きたくても生きられなくて病気だったのになんでそんな酷いこと言うんだ許せないとでも言う顔。


知らないくせに!分からないくせに!

私がどれだけ苦しいか辛いか自分を責めてるか知らないくせに!


散々泣き散らして、それでも食べたパンは結局どんな味かも覚えてない。


そうだね。

お父さんは確かに病気だった。

心の。

でも、自分で死んだんだよ。

そう、ここで言ってしまおうかと思った。


でもそれは不本意だ。

隠してるわけじゃない、ただ今じゃないと思う。少なくとも怒りに任せて言う話じゃない。

そんな冷静さがあってよかった。



前のブログでも書いたけど、

責めたくないのに、責めてるから、その普段は隠した気持ちが怒りと出てきちゃった。


責めてるのもあるけど、そうじゃない私もいる。



せめて、最期にした彼の選択まで否定したくない気持ちだってある。

それも本当の気持ちなんだよね。


昔のアニメの主人公みたいに、ブレない側面だけの人間なんていないもん。

暴言吐きたくなるほど怒ることも、恨むこともあったり、生きてる意味がわからないくらい悲しく孤独になったり、それでも、あの人と過ごした日々が今の私たちを支えてくれてたり。



もう感情ぐちゃぐちゃだよ。



んで結局、私は不貞腐れて、家についたらベッド直行。

息子はというと、、、


パン食べて、YouTubeみて、私の部屋にきて、

『そういう時は素直に、もっと生きてて欲しかったって、言うんだよ』って言って隣に寝そべってくれた。



1人で大変だった子育て。孤独だった。

なのに、今目の前にいる息子をみて、言葉をきいて、『もう子育て終わったかも』って気さえするほど、息子に受け止められて、思わず大粒の涙を流したよ。


昔はあんなに堪えてたのにたくさん泣けるようになってよかった。