この世が、創造されたと信じるか否か。
ある所の機関の調査(2010年)によると、創造を信じる割合は次のようになるという。
もちろん、創造された方は、どういう神かと言う意味では、信じる宗教によって違うが、ともかく、この世が、創造されたのか、の問いである。
フィリピン 95%
インドネシア 80%
アメリカ 60%
韓国 50%
インド 99%
ノルウエー 30%
カナダ 60%
エジプト 99%
日本 1%?
この差は、なぜ生じたのだろうか。
教育制度によるものと思われる。
日本では、創造論、つまり神が世界を創造されたとは、まったく教えられていない。
そういう考え方もあるとも教えられていない。
教えられたのは、進化論である。
これが常識化されている。
また、アメリカでも進化論を教え始めた為、40%ぐらいに下がってきたといわれている。
わたしが、ホープ聖書学び会で、教え始めたとき、この進化論の教育が、大きく私達のメンタルに影響していることを、あらためて知る。
そういう意味で、日本は、ある意味、特別な環境にあると思う。
私もその影響下にあったのだろう。
わたしが、会社をリタイアー後、妻と二人で、カナダにロングステイしたとき、「あなたの信仰は
?」と聞かれ、「無信仰です」と答えた。
するとその方が「何でもいいから、少しでも知っている宗教を応えたほうがいい。でないと、あなたは不気味に思われるから。」と、いわれたことがある。
この方は、心配されて言われただけなのだが、日本人の背景を知ったような思いがした。
創造論について、学校教育されていない、考えたことがないということが、私達の特徴なのだろう。
ならば、福音の述べ伝えにおいて、キリストの贖いが、福音の最重要テーマなのだが、創世記について、あるいは進化論の矛盾について、説明していくことも重要なのだろう。
進化論は、すでに科学とはいえないという見解が、普及し始めており、それを説明していく必要がある。
昔、私達の学習したことが、すでに非常識になっているということは、一般の方々は、まだ、ほとんど理解されていないのだから。
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