聖書で、神が伝えたい大きなテーマが「高ぶり」であろう。

あらゆる罪の中でも、もっとも罪深いもの、それが高ぶりだろう。

それは、神を中心にすえない、つまり自己中心に陥った状態でもある。

また、同時にそれに自分自身が気づいていないことが多い。

今、通読でエレミヤ書を読んでいるが、ユダヤ人のみならず、他国へも神は指摘する。

48章42

モアブは滅ぼされて、民でなくなった。主に対して高ぶったからだ。

49章16 

(エドムに対して)

あなたの心は高慢だ。あなたが鷲のように巣を高くしても、わたしは、そこから引き降ろす。

等である。

神は、全世界を支配されていて、この高ぶりを嫌われ、罰せられる。

それは、サターンも同じである。

エゼキエル28章17

 あなたの心は自分の美しさに高ぶり、その輝きのために自分の知恵を腐らせた。そこで、わたしはあなたを地に投げ出し、王たちの前に見せものとした。

 

これらは、全人類に対する警告であり、クリスチャンに対する戒めでもある。

使途パウロ。

クリスチャンとして、最高峰の働きをなした彼に、その秘密がある。

12:7 また、その啓示があまりにもすばらしいからです。そのために私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました。それは私が高ぶることのないように、私を打つための、サタンの使いです。

12:8 このことについては、これを私から去らせてくださるようにと、三度も主に願いました。

12:9 しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。

12:10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです

 

パウロほどの人物ならば、神からの期待に十二分に応えているのだから、肉体のとげ(醜い眼病といわれている)を癒してくださいと神にお願いしかなえてくださるのは、当然と思われる。彼は、長年祈る。

しかし応えられない。

そして、とうとう主は応える。「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、

わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからであると。

何という啓示であろうか。

そして、パウロは、180度転換する。

喜んで、弱さを受け入れ、それを誇ろうと。

そして、彼はさらなる活躍をするのである。

聖霊の働きが、完全になる。

彼から流れ出る。

わたし達にも、同じことが言えるのだろう。

少しうまくいくと、人間は高ぶってくる。

だから、この世的な弱点を持っているということは、幸いなのだろう。

心に抱いている劣等感もそうだろう。

限度を越えて思い上がらないように。

謙虚であるように。

人の痛みがわかるように。

神が、備えられたものなのだろう。

聖霊の働きが、存分になされるように。

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