アブラハムは、信仰の父といわれる。

彼は、神をまず第一に考えることにより、この世との付き合い方が、行動に反映している。

それは、神のお考えでもあるのだが、現代に住む私たちに警鐘を鳴らしている。

経済の問題、富の問題から考えてみたいと思う。

私が、聖書を読んでまず、驚くのが、ロトに示した寛容の精神、譲りの精神である。

アブラハムとロトの一族に、土地の使用に、争いが起きないように、別れることを提案する。

場所を選ぶ選択権を、ロトに与える。ロトは、肥沃な大地が広がっている土地を選び、アブラハムは、残りの地とする。

皆さんは、同じ状況のとき、どうするだろうか。

私は、おそらくアブラハムと同じ行動をとれず、平等にするか、せいぜいくじを提案すれば良い方で、場合によって、自分が年長であることを暗に促し、自分が決めようとするかもしれない。

彼の驚くばかりの善意、欲のなさである。

また、後日、親類ロトが財産とともに、強奪されたとき、リスクを顧みず敵に対し戦いを挑む。

そしてそれに勝ち、同時に助けられたソドムの王が、「財産はあなたが取ってください」といわれても「あなたの所有物から、何一つとらない」という。

欲張らない。

つまり、強い人アブラハムは、弱いものを助ける人であり、弱い立場になった人に、付け入ろうとしない人である。

 

ひるがえって、今の世界はどうであろうか

すべてが富優先になっていないだろうか。アブラハムの逆である。

経済的に豊かな人は、貧しい人を助けようとしない。

自分優先。

経済的強者が、立場を利用して、弱い立場の人の少ない利益さえ、奪おうとする。

最近話題の税金も合法的と称して払わない。だから、弱い人に税徴収が回ってくる等、もそれである。

それで、自分達は、得をしたと考えている。つまり、この世的な視点である。

そのつけは、果てしなく大きい。

 

クリスチャンも、もし富んでいる人なら注意してもらいたいと思う。

「自分は祝福されている」と思わないで、人々に対する責任を忘れてはいけない。

アブラハムの行動、神の御心を学ばなければならない。

神に対する信仰と自分の利益を求める心は、相容れないものだから。

 

ヘブル

13:5 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」

 

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