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ムーちゃんワールド

Hiroyuki Muto Blog

2018.8.23 thu

 

  学生時代の下宿先,の同期の学友と仙台で飲み会を行うことになりました。その前に半日、旧友Fくん(仙台市内出身)と市内の伊達政宗ゆかりの地を回ってみることにしました。この日の仙台市は快晴で最高気温34.3℃を記録し猛暑日一歩手前の厚さでした。

 9:00仙台駅前出発、「ループル仙台」という市内観光バスを使って廻ります。バスはどこか懐かしい、昔仙台市内を走っていた市電のイメージの内装です。

《一日乗車券》   

 

 15分ほどで仙台市の南西、広瀬川蛇行部の「瑞鳳殿」バス停に到着しました。「瑞鳳殿」はあの伊達政宗公の霊廟です。

 参詣路の最初に「瑞鳳寺」(山号は正宗山、臨済宗妙心寺派)があります。(仙台藩2代藩主伊達忠宗により創設、廃藩置県で廃寺になるもその後再建された)まずはここに参詣。

《瑞鳳寺(正宗山)》

 瑞鳳寺を出て、杉木立の参道を進み左の石段を上ると瑞鳳殿に到着です。

 

 「瑞鳳殿」(国宝だった)は戦災で消失しましたが、現在は復元されています。最初に「涅槃門」(涅槃とは煩悩を取り払った悟りの境地)です。樹齢数百年の青森檜葉を用いて消失前の状態に再現され豪華で美しいです。黒塗りに金色は映えますね、かっこいい。

《涅槃門》

 その奥に「瑞鳳殿」がありました。桃山文化の遺風を伝える江戸初期の豪華絢爛たる廟建築です。東北の雄「独眼竜政宗」(伊達政宗)が死後ここに葬れと遺言、1637年(宝永13年)70歳で死去した時に造営された霊屋(おたまや、墓所)とのこと。

 2001年の改修で、柱には彫刻獅子頭、屋根には竜頭瓦が復元されたそうです。さすがに戦国武将仙台藩百万石の藩祖の霊廟、豪華絢爛さの中にも質実剛健の雰囲気が漂い、見とれてしまいます。  

 

 

***地名「仙台」の由来***

    入りそめて くにゆたかなる みぎりとや

    千代とかぎらじ せんだいのまつ

    (1000年の世といわず永遠に栄あれ)

 政宗公が仙台に居城を移した時に詠まれた和歌で、それまでの地名「千代」が現在の「仙台」の呼称の起源となったとされています

 

 「瑞鳳殿」を出て、反対側にある二代藩主伊達忠宗公の霊廟「感仙殿(かんせんでん)」と三代目藩主伊達綱宗公の霊廟「善応殿(ぜんのうでん)」も見学しました。

《感仙殿》

《善応殿》

 

 次にループルで向かったのは青葉城(仙台城)、仙台城跡で下車し、本丸跡に上がりました。ここにはお城らしい城郭はありません、もともと伊達政宗は天守閣を作りませんでした。さらに、先の大戦により、残っていた仙台城の建築遺構はすべて消失しています。今見られるのは本丸御殿の大広間跡(土台石)だけ。当時の御殿がどんなだったのかは隣接する仙台城見聞館で大広間の模型が見られます。    

《本丸御殿の大広間跡》

《大広間の復元模型》

 

 仙台城は仙台平野を見下ろす青葉山に作られた天険の要害で、東は広瀬川に落ちる64mの断崖の上に立ち、大都会仙台市街が一望できます。この日も素晴らしい展望でした。

《仙台市街眺望》

 

 北東方向には七ツ森(七つの山の総称)、左端に七ツ森最高峰の笠倉山、右に七つの七ツ森の山々が見えます。空気が澄んでいる日には(年に何度もないそうですが)七ツ森のバックに百名山の「栗駒山」も見えるそうです。

《七ツ森を望む》

《伊達政宗像》

 仙台の青葉城(仙台城)といえば誰でも知ってる伊達政宗像、鎧兜の騎馬像は絵になります。

 

 政宗像のすぐそばに昭忠碑(しょうちゅうひ)があります。Fくんが「あれ?塔の上に鳥の像があったはずなんだが・・・」と言っていましたが。近づいてみるとわかりました。東日本大震災で落下して壊れたそうです。修理後、再び落下すると危険なので下に設置したとのこと。

 

***昭忠碑(しょうちゅうひ)***

 高さ20m 鳶(とび)ブロンズ像明治33年1902年制作

 西南戦争・日清戦争戦没者慰霊碑

 東日本大震災で塔上から落下して破損、平成28年修理が完了したが、安全のため登場ではなく基壇上に設置された

 

 仙台城(青葉城)は1601年に政宗によって築城された堅固な山城です。平和の時代には街道近くに平城(ひらじろ)の城下町を作るほうが統治には合理的なので山城は一時代前の感じです。関ヶ原前後のまだ徳川の世が完全に固まっていない時代ですから政宗は慎重だったんですね。政宗以降の二の丸や三の丸は山下の平地に作られています。

 

《昭忠碑:基壇上に設置された鳶の像》

 

 仙台城本丸の西側を歩く、竜ノ口峡谷(80mの断崖、昔は自殺の名所だったらしい?)に寄り道してから、さらにてくてくと歩き、Fくんの学び舎東北大学工学部を通り、本日のミニ観光の最終目的地の理学部自然史標本館(12:00到着)まで足を伸ばしました。標本館は今回割愛ですが、なかなか面白い個人的には一日いても飽きない博物館でした。

 

mu@pc_umejima

 

 

 

 

 

2018.7.31(TUE)~2018.8.1(WED)

 

 RCC(Rockmech Climbing Club)の3人(Oさん:3回目、Kさん:2回目、私mu:6回目)で富士山に登って来ました。今回の登山は富士山頂から「アルプスに沈む夕日を観る」、「大接近中の火星を観る」、「雲海から登る御来光を観る」をテーマにしました。富士宮ルートで登る、また山頂山小屋に泊まるのも3人とも初めてです。

 登山ルート、登りは富士宮口五合目から登り始めて、途中でプリンスルートにトラバースし御殿場ルートに合流して山頂へ。下りは御殿場ルートで「下り六合」まで降りて、宝永山に寄り道するか、または余力があれば大砂走りを降りて御殿場口新五合目へ。余力がないときはプリンスルートで富士宮口五合目へ戻る計画でした。

《富士宮口六合目の雲海荘》

 富士宮口五合目をam8:30に出発、15分もしないうちに6合目の雲海荘に到着です。ここで宝永山方面の分岐があったのですが、プリンスルートの表示がない、分岐はまだ早いだろうといういう先入観と地図を確認しなかったミスが重なり、そのまま富士宮ルートを登っていってしまいました。1時間ほど登って気がつきましたが後の祭り、結局そのまま富士宮ルートで山頂を目指すことになりました。

《山頂の浅間大社奥宮の鳥居を望む、『半分青い』空》

《九合五勺:胸突山荘 3590m》

 富士宮口五合目は標高2400m、登り慣れている須走口五合目は標高2000mなのでその差は400m、少しは楽だろうと思っていましたが、九合目から九合五勺とガレ場の急登が続きなかなかタフなコースでした。どうやら富士登山に楽なコースは無いようです。富士宮口山頂の『浅間大社奥宮』にはpm2:00到着しました。

《浅間大社奥宮》

 山頂山小屋「頂上富士館」はpm4:00まで開かないので、リュックを置いて右回りでお鉢めぐりです。時間はたっぷり、ポカポカで天気もよく、風もない、最高に気持ちの良い天空歩きです。剣ヶ峰は御来光時間の混雑はなく人もまばらでゆっくり展望を楽しみました。約2時間かけてお鉢を周り「頂上富士館」に戻りました。

《お鉢めぐり、左に剣ヶ峰を望む》

《お鉢「馬の背」の坂の上の雲》

《日本最高峰剣ヶ峰3776m》

《剣ヶ峰よりお鉢のパノラマ》

《岩の上からジャンプの映像を撮るグループ》

《小内院と白山岳を望む、天空の稜線歩き》

 pm5:00から夕食(カレーライス)です。この時始めて衝撃的事実を知る。山頂山小屋はpm7:00消灯・就寝でドアはロックされ出入りができない。この時期、pm7:00では日も沈まないし、明るくて星も(火星も)見えないじゃないですか。「山頂泊では山頂での夜遊びはできないんだ!」山頂宿泊の狙いが外れガックリ。でも気を取り直して、山小屋で知り合った台湾からの山ガール(単独行)を誘って、お鉢の東側の伊豆岳方面へ。門限ギリギリまで雲海に映る『影富士』を見に行きました。

《朝日岳付近より望む影富士》

《台湾からの山ガールも影富士を見に付いてきた》

 山頂は空気が薄いせいか、偏頭痛でなかなか寝付けませんでした。山小屋は宿泊客が少なくたくさん空いているのですが、寝るスペースは寝返りが苦しい混雑時と同じ狭小スペースです。登山客に優しく、状況にフレキシブルに対応してもいいのになあ~と思いました。

 翌朝(8/1)はam4:00に朝食(鯖の味噌に弁当)でam4:30には山小屋を追い出されます。まあ、御来光(am4:51)を見るにはちょうどいいチェックアウト時間ですね。また伊豆岳まで移動して御来光を待ちます。雲海の上に徐々に現れてくる、山頂から観る御来光は何度見てもきれいですね。

《am4:51の御来光》

《朝焼けの剣ヶ峰》

 御殿場口頂上からam5:12に降り始めました。「下り六合」まで御殿場ルートを降ります。当初の予定を変更して、大砂走りへは向かわずプリンスルートへ。「宝永山馬の背」から「宝永山」に寄り道します。宝永火口の大パノラマが広がるすばらしいトレイルです。我々以外に誰もいない稜線を歩きます。am7:16に宝永山山頂(2693m)に到着しました。先着の葉巻のおにちゃんが出発すると山頂は貸切状態になりました。

《御殿場ルートで下山開始》

《プリンスルート・トレイル》

《「宝永山馬の背」からの稜線》

《宝永山山頂》

《富士山頂が雲に隠れる》

《宝永第一火口をトレッキング》

《振り返ると遥かに宝永山馬の背の稜線》

 宝永第一火口へ降りて進むと、御殿場ルート6合目の雲海荘に合流しました。ここから10分程、am8:37にゴールの富士宮五合目到着です。

ほぼ丸一日(24時間)の山行、無事帰還です、「ヤッター!」

 今回の富士登山、山頂山小屋の認識・情報不足で設定したテーマを残念ながら達成できませんでした。でも、「夕方の影富士」や「雲海に登る御来光」(今までで一番きれい)を見られたし、プリンスルート・宝永山のトレイルは想像以上の雄大さを見せてくれました。何事もやってみないと、行ってみないと判らない。RCC参加メンバーは皆大満足な富士登山だったと思います。

 

《RCCのOさんがメモで残してくれた今回の富士登山タイムライン》

***7/31(tue)***
4:30 P梅島発
5:52 足柄SA 朝食、昼食調達
7:04 裾野市須山 K氏宅着
7:30 水ヶ塚公園発
8:00 富士宮口5合目 着
8:30 同発
8:45 雲海荘6合目 着
9:30 御来光山荘新7合 着
9:40 同発
10:00 休憩
10:20 元祖7合目 3010m
11:07 8合目 3250m
12:00 万年雪山荘9合目 着 3460m 昼食休憩
12:35 同発
13:10 胸突山荘9号5勺 着
13:25 同発
14:00 富士宮口頂上 着
14:45 剣が峰 着 御鉢巡り
16:20 頂上富士館 着 checkin
17:00 夕食
19:00 消灯就寝

***8/1(wed)***
3:00 起床
4:00 朝食
4:30 頂上富士館 checkout
4:51 御来光
5:12 御殿場口頂上 発
5:50 8合目 着 3400m
6:04 赤岩8合館7合9勺 着
6:15 同発
6:42 日の出荘7合目 3030m
7:00 プリンスルート分岐 着
7:16 宝永山着 2690m
7:40 同発
8:05 第1火口 着
8:15 第2火口分岐 着
8:25 雲海荘6合目 着
8:37 富士宮口5合目 着
9:00 同発
9:30 水ヶ塚公園 着
9:20 K氏宅 着 氷穴、富士資料館見学
12:10 同発
12:40 足柄SA 着 昼食
13:05 同発
14:30 P梅島 着

 

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2018.6.26 tue

 

 あだち銭湯廻り11箇所目は綾瀬の「金子湯」です。あだち大学塾の講演会「銭湯の歴史(講師:タカラ湯店長)」において、「金子湯」さんが今月湯屋を廃業すると聞いたので慌てて行ってみました。

 

《「あだち銭湯展(H30.2月)の「金子湯」パネルより》

 

 綾瀬4丁目のマンションビルの1Fに「金子湯」がありました。

 

 玄関を入り、細長く広いロビーの先にフロントがありました。清潔感のある脱衣所と洗い場です。pm4:00、まだ人が少なくすいています。正面の主浴槽は「ヒートパイプ浴場」と書いてあります。ボイラーでお湯を沸かすのに比べやさしいお湯になるそうです。湯温が45℃でしたが、それほど熱く感じなかったのはそのせいでしょうか。

 左側はガラスで囲われた森林浴浴槽・ラドン湯と表示されています。無色透明の湯なので薬湯という感じではありません。あわがポツリポツリと出ています、浴槽は深く中で座れません。湯温は42℃でちょうどいい、冬場なら長湯できそうです。

 

《「あだち銭湯展(H30.2月)の「金子湯」パネルより》

 

 脱衣所に「7月31日(火)を持って銭湯終了」との張り紙がありました。残念ですが、やはりやめるんですね。これで、あだちの銭湯は34→33箇所になります。体重計はレトロです、これで体重を測るのも銭湯の定番です。ドライヤーはどこより安い究極のタダでした。風呂上りに広いロビーでコーヒー牛乳をいただきました。

 

mu@pc_umejima

 

 

 

2018.6.12 tue

 

 あだち銭湯廻り10箇所目は千住東口の「梅の湯」です。北千住駅東口から歩いてすぐそばです。

 

《「あだち銭湯展(H30.2月)の「梅の湯」パネルより》

 

 

 市街地の中にある、二重破風宮造りの銭湯です。玄関傘ロッカーの間にタイル絵(鯉の滝登り)がありました。

 

 玄関を入ると番台型です。まだpm4:00ですが、街中という立地条件の良さか少し混み合っています。脱衣所と洗い場はレトロな雰囲気にもかかわらず、きれいな感じの脱衣所と洗い場です。浴槽は深いジェットバスと浅い湯船です、湯温が43℃あり入ると熱いですね。ペンキ絵は富士山と渓谷でオーソドックスです。80mの深井戸の地下水を組み上げてお湯にしているとの事、湯はまろやかな気がします。

 

《「あだち銭湯展(H30.2月)の「梅の湯」パネルより》

 

 脱衣からほぼ同時に浴室に入った、「Tokyo F.D FOOTBALL」と書かれたTシャツを来ていた体格の良い若者達何人かが、ササッと風呂に入って上がっていった。のんびり湯船に浸かっているいる身としてはちょっとビックリ。帰り際に銭湯のおかみさんに「近くの大学のスポーツ選手ですかね?」と聞いてみたら、「千住消防署旭町出張所の消防士さん達ですよ。当番上がりですかね、よく利用してくれています。」との事。『消防士なら風呂が早いわけだ。』と納得しました。

 ドライヤーは¥10で安い。レトロな体重計の他に身長計もあるのは珍しい。今日も風呂上がりにコーヒー牛乳を飲みました。

 

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2018.06.18(mon)-2018.06.21(thu)

 

 3日目(6/20 wed)

 利尻山登頂が済み、3日目予備日は礼文島ハイキングになりました。利尻島鴛泊(おしどまり)港から礼文島香深(かふか)港までフェリー(9:20発)で移動します。

 

 香深港からレジャーハウス駐車場までバスで移動です。

今日は、ここから知床まで「桃岩展望台コース」を、お花を見ながらのトレッキング約3時間です。高山植物のお花畑が海岸近くの低地で観られる、『礼文・花の浮島』の実体験です。

《チシマフウロ》

 

《白山千鳥》

 

《ミヤマキンポウゲ》

 

《桃岩展望台、後ろが桃岩》

 

《右が桃岩、左がツバメ山、中央が小さい猫岩》

 

《猫岩、ねこの耳のように見える》

 

《センダイハギ》

 

《レブンハナシノブ》

 

《マイヅルソウ》

 

《ミヤマオダマキ》

 

《「キンバイの谷」を行く》

《レブンキンバイソウ(キンポウゲ科)》

ヤマブキ色の花びらに見えるのはガクでその中のおしべのように見えるのが花びらだそうです

 

《リシリゲンゲ》

《レブンソウ、この花で田中澄江さんが礼文岳を花の百名山選んだ》

 

《スズラン》

 

《イブキトラノオ》

 

《ツバメ山まで登り、ツバメがたくさん飛んでいます》

 

《桃岩下の赤い屋根が知る人ぞ知る桃岩荘ユースホステル》

 

《ハマナス?》

 

《アヤメ》

 

《コバイケイソウ》

 

《ヘラオオバコ》

 

 元地灯台で昼食をとります。ここから知床までは緩やかな下り道です。13:00ちょうどに知床到着、利尻山登山のクーリングダウンを兼ねた2時間半のお花畑のトレッキングでした。

 

 礼文島の北部へバスで移動、レブンアツモリソウ群生地へ、桃岩展望台コースでは既にこの花のシーズンが終わり枯れていましたが、ここでではなんとか数株の花を見ることができました。

 

《レブンアツモリソウ、ラン科の女王と称される礼文固有種》

《さすが、女王の風格》

 

 フェリーの時間までまだ早いので、北西部の「澄海岬(すかいみさき)」を訪れる。帰り道の売店で「たこざんぎ」¥200/本を食す。

 

《澄海岬》

 

 さらに島の北端スコトン岬へ。

《最北限の地スコトン岬、トド島が見えます》

《礼文島から利尻島に戻ります》

 

 4日目(6/21 thu)

 最終日は移動だけ、利尻に来たルートの逆で東京に戻ります。ヒグマが監視カメラで撮影されたのが北海道の地方ニュースになっていました。遭遇しないでよかった。

《街角の駐車場にルピナス》

《グッドバイ利尻山》

 

 

mu@pc_umejima