そのように当時たくさんの不思議な事があったのもそうですが、それ以降も見守られているなと感じる事は色々とありました。忙しくて学校行事など遅れそうになって行っても真ん中に一つだけ席が空いていて、そこに座ると自分の子供の顔がしっかり見える席だったというレベルの不思議な事は日常的にあります。
悲しい出来事に自暴自棄のようになっても、そのタイミングでいつもはラインだけで電話を全くかけない人から急に何でもない電話がかかってきて対応しているうちに気が紛れたり、あり得ない偶然の出来事が起こって自暴自棄になりそうな身を守られたり、数えたらキリがありません。
約一ヶ月ほど前になりますがすごく辛い出来事があって、じっとしていると色々な事を考えてしまうのでずっとドライブをしていました。悲しくて何かにすがりたくて、山を越えて亀岡を通り、下道で京都の平安神宮まで行きました。
平安神宮は私にとっては不思議な事が起こる場所で、大好きな場所で、そこに行けばきっと心を休めることができると思いました。
平安神宮に着くと心は少し穏やかになって、私を含めて登場する人すべてが幸せになりますようにとお願いをしました。お賽銭を入れるタイミングを間違えて途中でやり直したり、間違えて帰り口から境内に入ってしまったり失礼な事いっぱいしてしまってごめんなさいと思いながらも、きっと私のいつものうっかりで悪気はない事は分かってくださってるだろうなと思いながら(笑)
お詣りが終わって帰り口に向かってとぼとぼと歩いていると、雲間から光がサーっと差して、私に当たりました。この日は平安神宮周辺は曇っていたのですが、この時だけ太陽が差して、眩しいくらいに明るくなりました。
強いけど優しい光で、あまりにも明るくなったので驚いて後ろを向くと誰もおらず、スポットライトのように私の影だけが長く伸びていました。敷地の中でも私のいる場所にだけ光が当たり、「大丈夫だよ。幸せな場所にたどり着けるよ。」と言われたような気持ちになりました。見守ってもらっているという感覚とともに感謝の気持ちがわいて、行き道と違って穏やかな気持ちで帰路につきました。
今日は普段と違って不思議な出来事をたくさん書きましたが、人はそれぞれみんな守られていると感じる事が多く、偶然と片付けられるような事にもアンテナを張って感謝の気持ちを持ちたいなと思っています。
今日は早朝にパンを買いに行きました。
朝焼けが綺麗でした。
