点滴を左腕に差し、薬の匂いとシンと静まりかえった薄暗い倉庫部屋でひとり、
私はあの日の光景を思い出していました。

ほんの数週間前、妊娠3ヶ月になったばかりの時にも、切迫流産の恐れありで2週間ほどココに入院していました。

2年前に息子を妊娠している時にも、切迫流産で2度ココに入院しており、
しかし、無事に生まれたことから、今回の切迫流産も「いつもの」って感じで、余裕しゃくしゃく、不安ナシで、軽いリゾート気分、お泊り気分で、
怪獣1歳児元気イッパイに暴れまわる息子からのちょっとした開放感で、入院ライフ、大病院の美味しい食堂巡りを楽しんでいました。(息子は実家でお世話に)

大部屋仲間との、おしゃべりを楽しみ、
「SUGITOさん面白い!今日も楽しかった!」と言われることに燃え、楽しみ、
その日もいつものようにベッドに座って大部屋仲間と大声でおしゃべりしていると、ガラガラとベッドが運ばれてきました。

「新入りね」
一斉にシーンとなり、ナースと患者さんの話に耳をダンボにし、横目でチラッチラッと様子を伺うと、その患者さんは、見た事も無い格好で、頭を下に、足を高く、斜めにベッドに寝かされていました。

あらら?斜めになってる・・・初めて見たわ・・・

バタバタと医師やナースが斜めのベットを囲み、患者さんのお腹に機械を当てると、胎児の心音が聞こえました。
しばらくアレコレ診察し、ナースは新入りさんのご主人を入れたままカーテンをぐるりと一周させてベッドを囲いました。
もう見えなくなってしまいました。

カーテンの新入りさんのところには、ナースが、何度も何度も入れ替わり立ち代り入り、その都度耳をダンボにしていると、
ナースさんが「ココで便出来る?」と聞いているのです。

ココで便?
ナニソレ?
ドーユーコト?

若い女性の声で、
「出来ない、出来ない」
と言っていました。

「ココで便出来る?」「出来ない」
?ハ?テ?ナ?な会話でした。

ナースは、何度も新入りのカーテンに入り、何度も心音を確認していました。
その都度、大きく速い、胎児独特の心音が聞こえました。

夜中にナースが来て、心音は、測ってないのか、聞こえない感じでした。新入りさんのベッドをガラガラと押して、どこかへ運んで行きました。
大部屋の皆さんと
「新入りさん、どこかへ行ったね。」
「破水って言ってたよ!生まれる前に破水なんてアルの???」


新入りさんのことなど次の日には忘れて2~3日した頃
退院専用会計窓口の前に座っている若い夫婦を見ました。
カーテンの男性と、女性の声はカーテンの中の声でした。
普通に座り、お腹もペタンコで、退院手続きをしていました。
「赤ちゃん、死んじゃったんだな・・・。」
と思いながら、通りすぎました。
(生まれる前にも、破水ってあるんだな・・・。)
初めて知りました。
母親学級(市が企画してくれる妊婦さんの集まり)でも、聞いたことが無かったのに。


こういう死産もあるのか、、、初めて知りました。

これを見ていたから、
息子を抱いてお風呂に入ろうとした時に、
私の下着が濡れていることに「ちょっと待て」と思った。

知らなかったら、
オ〇モノだろうと、さほど気に留めず、
お風呂に入ってしまい、バイ菌が入って熱が出て、
アウトだったでしょう。

下着の、尿でない、オ〇モノでない、
水状の液体を見た時に、ピーンときた。
勘が働いたからSちゃんママにSOSしたのです。

 

 

カーテンの夫婦は本当に気の毒でしたが、
早期破水を知ったことはラッキーだった。
 

神様があらかじめ見せてくださったに違いない!と思った。

私はお風呂に入ってないからバイ菌は入ってないに違いない!!!!

私のお風呂をストップさせてくれた神様!!!


私は熱は出ない!!!


ナースが熱を測りに来た。
「熱無いね、一応氷まくら用意しようか?」

私は熱は出ていない!!!!!!!!!!!


やっぱり!!!!!
突然、別の気持ちが生まれてきたのです。
「私は大丈夫。奇跡が起きるから」
という、強い確信。
それは、今までの私の経験や実績が、私に思わせる自信。

私は昔からとても運が良く、普通じゃない運の強さがあることに中学生くらいから気付いていました。
「どうも私だけが、他の人より、ものすごく運が良いようだ・・・」と気付いていました。
そして18歳のある日、決定的なことがあり、心の底から自分の人生に安心し、
自信満々は57歳になった今も続いています。

ですから、今回も乗り切れるに違いない、と確信したのです。
つい数分前に、多くの医師が私に、今回は確実に最悪の事態になることを宣言したのにも関わらず。


そして、医師から説明を受けた夫が倉庫部屋に来ました。