合同礼拝、バイリンガル礼拝でした。音声は有りません。
教会創立130周年を記念して、教会史を辿るスライドを上映しました。
来場者の中には、1950年代の写真に自分が写っていると仰る人がいました。
聖書箇所:詩編 47:1-9
説教題:とにかく賛美の歌をうたえ
序論)
詩篇47篇の背景について、私たちは確かなことを知りません。大国に対する勝利をほのめかし、イザヤ書に見られる表現が使われているため、ヒゼキヤ王がアッシリアに勝利した際のことを指している、と考える学者もいます。しかし、この詩人が表す礼拝の姿勢は、その歴史的背景よりもはるかに重要です。この詩篇に見られる礼拝の心を探っていきましょう。
本論)
1)神を賛美することは必須である
この詩篇のテーマが神への賛美であることは明白です。1〜2節は、神の偉大さ、力、主権を認めるよう私たちに促しています。神はすべての上に立つ王です。6〜7節でも再び、同じ視点から神の偉大さを賛美するよう呼びかけています。特に6節では、「ほめ歌をうたえ」という言葉が4回繰り返され、強く賛美を促しています。
聖書的な象徴において「4」という数字は、普遍性や全世界を表すことがよくあります。この4度の繰り返しは、賛美が全方位から、すべての国々、すべての民からささげられるべきことを示唆しているのかもしれません。それは、「地のすべての王」である神という、この詩篇のテーマを映し出しています。
私たちが神を賛美することは任意ではありません。絶え間なく、力強く、心から行うものです。主を賛美しましょう!
2)神の偉大さゆえに賛美することは必須である
作者は神の偉大さに目を向けています。2〜3節では、私たちの神は「いと高き方」であり、恐るべき方であり、全地を治める方であると語られています。神は国々と民すべての上に権威を持っておられます。
「私たちのもとに」「わたしたちの足もとに」という表現は、神がその権威によって敵に対する勝利を与えてくださることを示しています。
7〜8節でも、神が「全地の王」であることが改めて強調されています。神は天の御座におられる王として、すべてのものの上に権威をお持ちです。だからこそ、私たちは神を賛美すべきなのです。
3)神の偉大な恵みゆえに賛美することは必須である
神の偉大さによって、神の民は強い敵に対する勝利を得ました。これは、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約に基づいて与えられたものです(4節参照)。神はご自分の民を愛され、選ばれたのです。結びの9節でも、詩人は「アブラハムの神の民」に触れています。ここでアブラハムが言及されていることから、4節とも共鳴する「選ばれた民」という意識が作者の念頭にあるようです。
神は強い敵に対する勝利を与えられました。
私たちクリスチャンも、同じ神によって選ばれ、愛されています。私たちはサタンと罪から解放されました。この大いなる恵みのゆえに、私たちは神を賛美すべきです。
結論)
9節は、この詩篇の締めくくりとして、それまでに語られたテーマをすべて結び合わせています。神は宇宙の王であり、すべての民と国々を従えられます。神は私たちを選び、救ってくださいました。だからこそ、私たちは大いに神をあがめるべきです。主を賛美しましょう!
さらに、クリスチャンとして、5節にも注目すべきです。そこには、即位と昇天のイメージが含まれています。(エペソ4:8–10参照)
イエスは私たちを救うためにこの世に来られました。
私たちの罪の贖いのために十字架で死なれ、復活し、天に昇られました。
そしてその権威をもって、イエスは黙示録3:21で忠実な者をイエスの王座に共に座らせると言っています。
歌うことに留まらず、告白や祈りをもって、私たちは主を賛美すべきです。