聖書箇所:1ペテロ2章13節‐25節
説教題:キリストの故に
要約
ペテロは直前の聖書箇所同様に、幾つかの奨励を述べた後に、その根拠となる説明をしてい
ます。ですから、ここでもその部分から確認を進めていきます。
1)私たちはキリストの模範に従わなければなりません
20節には、善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは神に喜ばれるこ
とだと述べられています。そればかりか、21節は、私たちがそのために召されたのだと述
べられています。その召しの模範となる生き方をキリストは示されました。その模範とな
る在り方の原則は、23節にある通り、「正しくさばかれる方にお任せする」ということで
す。ですから、それは単に耐え忍ぶことではなく、神に委ねた生き方をするということで
あり、生きた供え物としての歩みをし、神を礼拝していることになるのです。
2)私たちは自身の霊的過去と現在を認識していなければなりません
25節は18節から始まるひとまとまりの記述の一部ですが、まとめという部分も有ります。
過去の状態は羊のようにさまよっていたのですが、現在は牧者であり監督者である方、す
わちキリストのもとに帰ったのです。そういう霊的土台が無いと、私たちの本当の人生の
意義を見出すことは、例え物事がうまく運んでいる時でも難しいのです。その土台となる
キリストは、羊のために命を捨てた、愛に満ちた方です。この現在の霊的事実が動機とな
りますから、いつも霊的過去と現在の状況を認識している必要が有ります。
3)私たちは何が良い行いであるかを認識しなければなりません
15節には、善を行ってと書いてあります。具体的な例は13節から19節までに列挙されて
います。その根拠は、良い証人になるためですが、それだけではなく、人の背後に働いて
おられる神を尊び、また、神の似姿に創造されている他人を尊重するということが含まれ
ています。
18節に出てくるしもべは、奴隷とは異なる語が用いられています。今日の私たちに適用
するならば、会社の上司や雇い主に良い態度で接することが考えられます。
勿論、神の戒めに反するようなことを求められた時には、それに従う必要はありません。
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